「へそ展」日記

ひとつの展覧会の裏側には、展覧会を訪れただけでは見えない、
さまざまなプロセスと試行錯誤(と、ときどきドラマ)があります。
〈「へそ展」日記〉は、「へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで」展、
略して「へそ展」が出来上がり・閉幕するまでの舞台裏を、
府中市美術館から発信するブログです。


作品のお返しが終わりました。

6月19日、借用作品のご所蔵先へのお返しの行脚が、すべて終わりました。へそ展は、これで本当におしまいです。

旅先では、所蔵先の方々がへそ展の盛況を喜んでくださり、とても嬉しいことでした。

   

 

そして会期中、会場では45,731人のお客様が、おかしな絵を見て笑い、徳川将軍の絵にあれこれ想像を膨らませ、はたまた苦さに満ちた寒山拾得の絵の前では、一緒になって苦い顔をして、心の底から楽しみ、味わってくださいました。このことへの感謝が、閉幕して一ヶ月以上経った今、心にあふれています。

ある方が「(お客様もスタッフも)みんながハッピーになれた展覧会でしたね」とおっしゃったのですが、本当にそんな気がしています。

さらに、会場には来られなかった多くの方が、書店やネットで図録を買ってくださり、今なお、図版と解説をつき合わせながら楽しんでくださっていることも、府中市美術館にとって大きな喜びです。

 

「春の江戸絵画まつり」は、そう冠するようになる前の展覧会も含めれば、へそ展で15回目です。「へそまがり」という言葉をタイトルにするのは、企画担当者としては勇気のいることでした。ですが日本美術の歴史や、禅画、俳画、文人画など、さまざまなジャンルの思想的な成り立ちに本気で向き合った結果、大真面目に思いついた言葉でした。

決してウケを狙ったわけではありません。2014年の「江戸絵画の19世紀」展の時に、図録を制作する出版社の編集者の方から「これ、仮のタイトルですよね?」と言われたことがありましたが、それと同じくらい、展覧会の内容をできるだけそのまま表そうとしたネーミングでした。「へそまがり」という言葉が、少しでも作品の感じ方を広げるきっかけになったなら、大変幸せです。

これからも、愉快とか硬いとか、派手とか地味とか、テーマやタイトルの印象だけにとらわれずに、江戸絵画が私たちにどんなことを見せてくれるのか、どんな思わぬ世界に連れていってくれるのか、そんなことを少しずつ探りながら、大切に伝えられてきた作品と現代の人たちとをつなぐ仕事をしていきたいと思っています。

へそ展で初めて府中市美術館に来てくださった方、美術館の存在を知った方も、大勢いらっしゃるはずです。そしてまた、今まで春の江戸絵画まつりに何度も足を運び、応援、叱咤激励してくださった方も大勢いらっしゃいます。そのすべての皆様に、府中市美術館として心から感謝申し上げます。

さて、来年の春の江戸絵画まつりでは、敦賀市立博物館のコレクションをご覧いただきます。同館には素晴らしいクオリティーの作品が多数ありますが、施設の関係で、一度に多くの作品を展示することはできません。それを眺め渡せるチャンスとなるわけです。

同館のコレクションは、やまと絵、円山四条派、復古大和絵、岸駒や原在中の作品など、「きれい」で、うっとりするほど典雅なものばかりです。その特徴を大まかに言えば、伊藤若冲や曽我蕭白ら、今人気の「奇想の画家」を除いた京都の画家のコレクションと言えるかもしれません。つまりは「奇想以外」の系譜、強いて言えば、「ふつうの系譜」です。

もはや、若冲が江戸絵画のスタンダードだと思う人も少なくない昨今です。「奇想とは何か?」「ふつうとは何か」。敦賀コレクションに若冲や蕭白の作品も加えて、こんなことを考える面白い展覧会にできないものかと、いま懸命に内容とタイトルを考え中です。

どうぞ来年も、春の府中へお越しください。心からお待ちしております。

(府中市美術館、金子)

 

開幕前のバナー(懸垂幕)の準備。展覧会に来てくださった方は、「おや?」と思われるかもしれません。
入口の色が鮮やかすぎないか、実際に会場が出来上がるまで心配でした。
来年も同じ場所に「春の江戸絵画まつり」のポスターが掲載されます。お楽しみに!

 

 

ありがとうございました! そして「へそロス」してる場合じゃなく……

へそ展、5月12日(日)に無事、閉幕を迎えました。当初の予想を上回る反響をいただき、府中市美術館開館間もなくのマネ展(36211人)以来、18年間更新することのできなかった入館者数記録も超えました。45731人です。

▲府中の森公園は、会期中に桜から新緑の季節へ。

 

上野や六本木で開催される大規模展覧会の「何十万人動員!」といった数字を見聞きしたことのある美術ファンの方々は、「話題になった割には少ない」と思われるかもしれません。でも、この数字はじつは、すごいことなのだそうです。なぜなら、へそ展は、アクセスの良い都心の美術館での開催ではなく、超有名作品で人寄せをせず、大手新聞社やテレビ局の主催ではなく、大手企業の後援や協賛もなく、広告代理店やPR会社も関与せず……と、「ないない」づくしの美術展でした。

▲記者発表も手づくりで準備しました。

 

ですから、美術館単館のオリジナル企画のへそ展がここまで成功することができたのは、純粋に、本当に多くの方が面白いと感じてくださり、応援してくださったから、ということです。この喜ばしさは格別です。皆さん、本当に、どうもありがとうございました。また、多くの方が図録を購入いただいたことも、図録制作チームとしては本当に嬉しかったです。重ねて、どうもありがとうございました。

▲トートバッグとのセットも人気でした!

 

また、ツイッターを通じて多くの方とへそ展の面白さを共有できたことも、素晴らしい体験でした。普段、本の編集していて、リアルタイムで読者の方々の反応に触れることは、あまりありません。ですから、自分がいいと感じたへそ展の絵を、たくさんの人が「いいね」してくれたり、記事に興味を持ってくださることがわかったりすることがとても新鮮で、たいへん勉強になりました。皆さん、本当にありがとうございました。あんまり楽しかったので、これからも時々、つぶやかせてください。

ちなみに、以下が「いいね」の数ベスト3ツイートです。

へそ展が終わった今、「へそロス」真っ只中なわけですが、でも、そうこうしているうちに、来年の「春の江戸絵画まつり」の足音が聞こえてきました。もちろん、我々チームが図録制作に携われるかどうかは全くわかりませんが、携われなかったとしても、ひとりのファンとして、すっごく楽しみな内容になりそうです。近々、詳しい内容が発表されると思いますので、お楽しみに!

▲今回へそ展のコンセプト(写真)に共感してくださった方なら、次回の「春の江戸絵画まつり」もきっと楽しんでいただけると思います!

(図録制作チーム、久保)

表具も気になる

ポスターやウェブサイトで見たことがある絵でも、いざ会場で見ると、絵のまわりの「表具」に驚かされることがあります。写真に出ているのは、普通、絵の部分だけですが、実際には布や紙で掛軸に仕立てられていて、そのデザインが目を引いたり、絵との取り合わせが意外だったりするのです。

 

 

冨田渓仙《牡丹唐獅子図》 福岡県立美術館

強い紫色と、銀色のざっくりした大きな文様。奔放かつ素っ頓狂な絵を、重厚に、大胆に引き締めています。絵にも描かれているように、獅子といえば牡丹。表具の文様も牡丹です。

 

 

よく、「表具は、絵と同じ時代のものですか?」とか、「表具の布は、誰が選んだのですか?」といった質問を受けますが、かなり難しい問題です。

絵は、表具師の手で掛軸に仕立てられます。その時、どんな表具を選ぶかは、絵を手に入れた人が考えることもあれば、表具師にお任せのこともあったでしょう。また、ときには、画家が指示することもあったかもしれません。しかし、そうした事情を伝える記録はほとんどないのです。

 

 

彭城百川《初午図》

描かれているのは、お稲荷さんとお供え。初午の行事は二月。それに合わせた、かわいい梅の花です。

 

 

 

徳川家綱《闘鶏図》 德川記念財団

上手い下手を超えた力と味わいで、見る者の心を鷲づかみにします。波の中に刺繍で表されているのは、色とりどりの貝、魚、蟹、海老。風変わりで、そしてかわいらしいデザインです。へそ展に並ぶ掛軸の中でも、かなり目を引きます。

 

 

表具は布や紙でできていますが、それらの部品をつなぎ合わせているのは弱い糊なので、年月が経つにつれ、剥がれてきます。そうなった掛軸は、いったん分解して、再び仕立てる修理が必要です。50年に一度、あるいは70年に一度、などと言われます。

修理の時に、もし部材が傷んでいたら新しいものに取り替えます。元の布に似た布を探して使ったり、また、作品の持ち主の好みで、思い切って以前とは違うものにしたりしますが、その場合、古い布を使って趣を演出することもあります。

こんなわけで、表具がいつのものかを知るのは、かなり難しいのです。新しそうに見えても、絵と同じ時代のまま、ということもあるでしょう。逆に、古そうに見えて、意外に新しいこともあります。いずれにしても、どんな表具にしたら絵が引き立つか、面白い掛軸になるかを、それぞれの時代の人たちが考えて、作っているわけです。

 

 

 

円山応挙《山水図》

精巧に描かれたリアルな風景画。きりっとした緊張感や輝きがあります。表具は、ひときわ華麗で重厚です。表具には「三つ葉葵」の紋。作品の箱に「鈴鹿景」と書かれているので、あるいは、紀州徳川家に伝わった作品でしょうか?

 

 

伊藤若冲《鯉図》

風帯(上から下がる二本の帯)もなく、シンプルな掛軸ですが、墨だけで描かれた力強い造形にぴったりです。絵のテーマが鯉なので、表具は全面びっしりと、ただただ波です。

 

 

中村芳中《鬼の念仏図》

大津絵でおなじみの「鬼の念仏」を、もっと大胆奔放に、かつ「ゆるく」描いています。民芸品的な題材と、簡素な格子文様が、洒落た、良い雰囲気を出しています。

 

美術館の図録の場合には、絵の部分だけを掲載するのが一般的です。図録の大きさは限られているので、掛軸全体を載せると、絵が小さくなってしまうからです。また、あくまで画家自身が描いたのは絵のところだけなので、そうするのが普通です。しかし、やはり掛軸は表具あってのもの。会場では、全体の味わいや面白さをたっぷりと味わっていただきたいと思います。

(府中市美術館、金子)

 

 

国分寺→府中、将軍様をめぐる散策

せっかくへそ展へ行くなら、周辺も散策してみよう! というこで、これまで府中通信施設浅間山公園をご紹介してきた「へそぶら」シリーズ。ゴールデンウィーク拡大版の今回はちょっと本格的にぶらぶらしてみたい人向けの散策ルートをご紹介します。

府中市美術館へ電車で行く方はほとんどが京王線府中駅か東府中駅、またはJR中央線武蔵小金井駅からバスをご利用かと思いますが、今回私が降り立ったのは、JR中央線西国分寺駅。

▲美術館との位置関係はこのようになっています。

今回はここから歩いて美術館を目指すのですが、2ヵ所寄り道します。「武蔵国分寺跡資料館」と「大国魂神社(おおくにたまじんじゃ)」です。寺社巡りといえばそれまでですが、これが、「へそ展」とおおいに関係があるのです。

▲ということで西国分寺駅南口を出発です。

まずは「国分寺」を目指します。聖武天皇の詔で全国に建立された国分寺のひとつ、武蔵国分寺跡です。武蔵国分寺は、鎌倉末期の戦で焼失(現存の国分寺は、その後新田義貞が再建した真言宗豊山派の寺院)し、今はその跡地が国の史跡に指定されています。武蔵国分寺は、全国の国分寺の中でも有数の規模だったそうで、とにかく広大。街中いたるところに史跡があります。

▲西国分寺駅から数分のところにある東山道武蔵路史跡。古代の官道(都と国府を結ぶ道)です。この東山道武蔵路の東側に僧寺、西側に尼寺(国分尼寺)が置かれていました。
▲竪穴式住居跡なんかを見つつ、さらに進んでいきます。
▲いよいよです。僧寺伽藍中枢部跡地。
▲本尊を安置する金堂や講堂、鐘楼などがあった中枢部。現在は緑地になっています。

 

ここまで来ると、お目当て「武蔵国分寺跡資料館」はもう少しです。

▲資料館は「おたかの道湧水園」にあり、入口の「史跡の駅 おたカフェ」で入場料を支払います。一般100円です。
▲園の入口は、「旧本多家住宅長屋門」で、市の重要文化財。江戸末期の建築です。
▲資料館に入ると、再現ジオラマがお出迎え。国分寺がどうなっていたかよくわかります。中央にあるのが、先ほど見てきた伽藍中枢部ですね。

さて、いよいよお目当てです。

▲これです!

なんだかわかりますか? 兎、ピヨピヨ鳳凰、木兎で皆様の心を鷲掴みにした、三代将軍家光の朱印状です。徳川将軍は寺院や神社を保護するために朱印地を与えましたが、その証文というわけですね。上様といえども、流石に本業ではお絵描きのような独創性を発揮する余地はなかったようです。

▲ギャップをお楽しみください。

 

国分寺史跡は、他にも七重塔跡地や、国分尼寺など見どころたくさんなのですが、いつまでたっても府中にたどり着けませんので、朱印状でテンションが上がったところで、移動します。

▲国分寺の史跡群を抜けると、異様な壁にぶつかりました。府中刑務所です。
▲東芝府中工場のエレベーター試験塔も見えます。

 

次に目指すは、府中市美術館とは府中駅の反対側に位置する大国魂神社。東京五社のひとつ、武蔵国の総大社です。府中街道をひたすら南下していきます。

▲しばらく歩くと美術館通り。左折すれば府中市美術館ですが、直進します。
▲甲州街道を越えると、そこは、
▲われらが京王線! 府中駅はすぐそこです。
▲天然記念物という銀杏並木を抜けると
▲大国魂神社です。
▲境内では間近に迫った「くらやみ祭り」の準備が着々と進んでいました。今年はへそ展とのセットもいいですね。
▲結婚式にも遭遇しました。おめでとうございます。
▲お詣りを済ませたら、目的の宝物殿へ。

 

大国魂神社の創建は西暦111年と、その歴史は古いのですが、府中市美術館の金子学芸員にうかがったところ、近世の歴史は徳川家康による大造営に始まるのだとか。その本殿は、1646年に火災で焼失したものを四代家綱が再建を命じて1667年に完成したもの。現存します。そう、家綱様です。へそ展とつながりましたね。

本殿は残念ながら特別な日にしか公開されないのですが、ここ大国魂神社にもやはり、将軍様の「朱印状」が残されています。徳川幕府からの社領寄進の朱印状として、六代・七代・十五代将軍を除く、歴代将軍の12通もの朱印状が残されているのです。この宝物殿には家光・家綱親子の朱印状が並んで展示されています。館内撮影厳禁なので、写真はご紹介できません。気になる方は、へそ展の親子展示と併せて、ぜひ皆様の眼でお確かめください。

▲家光・家綱親子、朱印状はともかく、自分たちの描いた絵が並べて展示されている未来を想像していたでしょうか?

 

いかがでしたか? へそ展で家光・家綱親子画伯に魅せられた私は、府中市美術館のこんなに近くでその痕跡に触れらるということに、とても不思議な感慨を覚えました。日本美術にこれまでにないムーブメントを起こしつつある秘密には、国分寺と大国魂神社という武蔵国二大パワースポットに残された将軍様たちの何かがあったとしか思えないのです。

 

今回の散策、なんと3時間に及ぶ大行軍となってしまいましたので、この後へそ展を鑑賞する体力が残っているかどうかは保証いたしかねます。国分寺と大国魂神社、どちらかだけというコースでも十分かもしれません。それでも武蔵国国府の史跡の数々を歩いていて、「府中がなぜ府中なのか」ということに少し触れられた気がした、そんな散策でした。

ぬこ
▲おまけ。今回の散策で遭ったねこ。

 

(図録制作チーム、藤枝)

 

 

 

若冲の「振り幅」とへそ展の若冲

福島県立美術館で開催中の「伊藤若冲展」人気ですね。制作チームも先日、行ってきました!《象と鯨図屏風》や《百犬図》など、これまで金子信久学芸員の本でもおなじみの若冲から、見たこともない大胆な絵まであってとても面白くて、福島に行った甲斐があったと思いました。

若冲と言えばへそ展にも出ています。彩色のある《伏見人形図》が2点に、《鯉図》《福禄寿図》2点の水墨画、計4作品です。──というわけで、「へそ展の若冲」について、金子学芸員にいろいろと聞いてみました。

──へそ展の若冲は4点。ちょっと少なめですよね。

金子信久学芸員(以下、金子) そうかもしれませんね。そもそも毎回、どうしても「若冲」がほしいと思って出しているわけではないんです。あくまでテーマありき。けれども、若冲はやっぱり魅力的な画家で、しかもアイデアが豊富で創作の幅が広いので、いろいろなテーマに引っかかってくる、というわけです。

               

▲へそ展出品中の《福禄寿図》と《鯉図》

 

 

──今回は、「へそまがり」な若冲を選んだ、というわけですね。

金子 若冲は本当に「へそまがり」な画家だと思います。あれほどの技術を持ちながら、《伏見人形図》のようにあえて素朴な絵を描いたり、《福禄寿図》のように突拍子もない造形を描いたりするのですから。《鯉図》も面白いですよね。鯉なんて古くからたくさん描かれてきましたが、こんなにびっくりするような形の鯉の絵は、それまでには全くなかったのですから。今回は、「動植綵絵」のような細密な絵を仕上げた若冲とは異なる、ゆったりとしたユーモアあふれる若冲の一面を楽しんでいただけたらと思いました。

▲《伏見人形図》。素朴な造形ですが、とても美しい作品です。

 

──福島の若冲展、初めて見る若冲もたくさんあって、とても面白かったです。初めての若冲といえば、今回の《福禄寿図》もそうですが、これまでに府中市美術館で展覧会デビューした若冲はたくさんありますよね?

金子 そうですね、「江戸絵画まつり」で一般初公開となった作品はいろいろありますが、なかでも《河豚と蛙の相撲図》は思い出深い作品です。あの絵は、「かわいい江戸絵画」展(2013年)の開幕直前に、作品借用の時に借用先で拝見したのです。その場ですぐに出品を決めました。けれども図録はすでに出来上がっているタイミングだったので、別刷りで作品解説を作って、図録に挟み込んだことを覚えています。

 

▲展覧会後に発売された書籍版『かわいい江戸絵画』には、《河豚と蛙の相撲図》を収録しています。

 

──《河豚と蛙の相撲図》は今では京都国立博物館の人気作です。

金子 出世してくれて嬉しいかぎりです。

 

──あの作品には、若冲のサインがありませんね。

金子  はい。ハンコだけ押されています。若冲の水墨画はたくさんありますが、サインや年齢が書かれているものは非常に少ないのです。若冲には何人も弟子がいて、若冲の制作を手伝っていたのではと推測する人もいますし、研究者の中にはハンコしかないものはその工房での作ではないかと考える人もいます。そもそも、江戸時代のほかの人気画家の例からみれば、弟子が手伝っていた可能性が無いとはいえませんが、文献的な根拠はありません。けれども、《河豚と蛙の相撲図》が若冲の作であることを疑う研究者はいないでしょう。

 

──若冲の水墨画はたくさんあるわけですが、描き方は同じなのでしょうか?

金子  大まかに見ればだいたい同じですし、細かく見ればいろいろです。同じ図柄の絵をいくつも描いていますが、少しずつ描き方を変えてみたりしています。それに出来栄えの違いもあります。そりゃそうですよね。むしろ、同じ図柄の水墨画をいくつも比べてみて、若冲の試行錯誤や筆をとった時の気分の違いを想像してみるのも、楽しい見方かもしれません。

 

──出来栄えの違いがあって当然という意味でしょうか? テレビや漫画などではよく、鑑定士のような人が作品をパッと見て「うーん、筆の冴えがないから偽物!」というような場面が出てくるようなイメージがあります。

金子  確かに、時々「筆の冴え」がどうこうというようなことを言って、それで真贋とか弟子の作かどうかを決めたがる人もいるようですが、作品をたくさん見れば見るほど、そんな単純な判断なんてできないことに思い至ります。若冲に限らず、どんな画家でもそうですが。

 

──そういった点も含めて、改めて若冲の魅力はどこにあるのでしょうか?

金子 動植綵絵のような細密でがっちりしたものを描いたかと思えば、へそ展に出ている《伏見人形図》や《福禄寿図》、《鯉図》のような、おかしな絵を描いたりと、その振り幅の大きさもいいですよね。それは時に、見ているこちらが困惑するほどですが、そこが魅力になっているんです。それと、若冲といえば、篤実な仏教徒で、絵のことばかり考えた、というイメージを持つ人が多いようですが、若冲は意外に人を笑わせたり、和ませたりという、サービス精神たっぷりな画家だったと思います。私は、何よりもそこが大好きです。

▲後期展展示中の《伏見人形図》。

 

以前どこかで、「筆の冴え」のような印象だけで作品の良し悪しを語るのを耳にして、なんだかモヤモヤした記憶があったのですが、金子学芸員の説明を聞いてスッキリしました!

若冲を山ほど見てきた金子学芸員が、「へそまがり」をキーワードに選りすぐった若冲4点、本当に面白い作品です。ぜひ、展覧会場で実物をご覧ください。(図録制作チーム、久保)

仙厓さんの梅

昨年11月、仙厓の作品を撮影するため、へそ展担当学芸員の私と、講談社の図録制作チームで、博多の幻住庵を訪ねました。仙厓がたくさんの絵を描いた場所です。

非公開のお寺ですが、境内にある仙厓ゆかりの場所や石碑などを図録で紹介したいと思い、撮影終了後、ご住職に一つ一つ案内していただきました。

その一つが「雲井の梅」という梅の木。福岡藩主から仙厓が賜ったという、重厚かつ整った、見事な枝ぶりの古木です。そして、この時、つまり11月に撮った写真を、図録のコラム「仙厓さんのアトリエ」のページに入れて、こんなレイアウトを組みました。

さて、展覧会の開幕が近づいて、作品をお借りするため、私は再び幻住庵にうかがいました。図録の最終校正を残すのみとなっていた2月22日のことです。

冷たい空気の中、気を引き締めて門をくぐり境内に入った瞬間、今まで見たこともないような美しい紅梅が目に飛び込んできました。あの雲井の梅です。

あまりの素晴らしさに、作品の借用作業を終えると、すぐに写真を撮らせていただきました。そして、お寺を出発し、福岡市内を走る美術品専用トラックの中で、「そうだ、この興奮を、ツイッターでみなさんにお伝えしよう!」と思いつきました。

 

ツイッターを担当している図録制作チームの編集者に、画像のサイズを小さくしてメールで送ると、まもなく驚きの言葉が返ってきました。「図録の写真を差し替えるから、すぐに大きなサイズの画像を送ってください!」。すでに最終確認を残すのみだった図録の製作ですが、あまりに美しい梅を見て、なんとしてでも図版を差し替えようと考えたのです。

そうして出来上がったのが、このページです。雲井の梅は、花が大きく、花弁にはふっくらと厚みがあって、それはそれは見事です。本物の花の美しさをどれだけお伝えできているか、心もとないのですが、仙厓さんも愛でた梅を、ぜひ図録でご覧ください。

(府中市美術館、金子)

家光兎のアレを探して

おかげさまで大いに盛り上がっている「へそ展」ですが、前期も気がつけばあと10日ほど。ご案内の通り、前後期で大幅な展示替えがありますので、前期でお目当ての作品がある方は急がねばなりませんし、後期を楽しみにしていらっしゃる方は、そのスタートを指折り数えているかもしれません。

すでにご来場の方で、この「へそ展日記」をご愛読の方、美術館周辺のご散策をお楽しみいただけたでしょうか?
先日の金子学芸員の講座でいきなり前回の「三角点ネタ」が取り上げられ、ドキドキしてしまいましたが、ご好評をいただけているものと勝手に解釈しまして、調子に乗って散策編第3弾をお届けします。

と言いましても、スポットは今回も「浅間山」(なんと読むか、覚えましたね?)です。そう、美術館近くにある、あの浅間山公園です。

公園
▲今回も浅間山公園よりお届けします。

地形やら、富士塚やら、三角点にハァハァしていた担当者、この見所盛り沢山の低山を登っていて、あることに気づいたのです。

例えば、こんなのとか。
切り株
こんなのとか。
切り株
こんなの。
切り株
いかがですか? へそ展を存分に楽しんできた皆様なら、「あ!」と思うハズ。

へそ展で皆様の心を鷲掴みにした、家光様の兎図。「ボディか?」はたまた「マントか、ガウンなのか?」ーー邪悪にも見えるその表情もあって皆様の妄想が膨らみ、実際鑑賞して「えー⁉︎ 切り株なの?」と一部の方に衝撃を与えたアレです。そんな兎がちょんと乗るのにちょうどいいサイズの切り株が、浅間山のいたるところにあるのです。そこで、あの兎が佇んでいたのは、こんな切り株だったのでは? と妄想する散策はいかがでしょう?

▲ちなみに担当者が「コレだ!」と思った切り株はこんな感じです。

先日の講座や図録の解説にあったように、唱歌「待ちぼうけ」の元ネタである「韓非子」のエピソードも思わせる兎と切り株。家光様も江戸のどこかで見かけたこんな切り株をイメージして描いたのかもしれません。そう思うとワクワクしますね。そして、本物の切り株を眺めると、家光様、切り株は意外とよく描けている気もしてきます。
ということで、家光兎の切り株はコレだ! というものを見つけましたら、#家光兎のアレ で、Twitterなどに投稿してみてください(真顔で)。

ぬこ
▲おまけ。都営浅間町二丁目アパート付近にいたねこ。

(図録制作チーム、藤枝)

へそ展アフターに低山登山のすすめ

桜も咲き誇り、用事もないのに出かけたくなる季節となりました(私だけかもしれません)。せっかく府中市美術館に来たからには、の周辺散策シリーズ第2回です。

府中市美術館の住所は「府中市浅間町1丁目」この「浅間」ってなんだかわかりますか? 美術館前の通りを西へ進み、新小金井街道にぶつかったあたりにその答えがあります。
浅間山公園
都立浅間山(せんげんやま)公園。府中市唯一の山である浅間山に作られた公園です。浅間山は標高79.6メートル。ものの5分で登頂できてしまう低山中の低山ですが、これが見所盛り沢山なのです! 行ってみないとわからない、その見所の多さに担当者が「ハァハァ」(息切れ的な意味ではなく)したポイントを一部ご紹介します。

登山口
▲一見ごく普通の自然豊かでのどかな公園ですが、実はスゴいんです。
パラボラアンテナ
▲登っている途中、「府中通信施設」のパラボラアンテナも見えます。この角度もイカす!

 

●見所その1:「地形」がおもしろい!
テレビ番組「ブラタモリ」がお好きな方は恐らく「地形」の話で酒がいくらでも呑めてしまうと思いますが、この浅間山は地形的にユニークな低山です。詳しく書くとそれこそいくらでも書けてしまうので、ざっくり解説にとどめますが、古多摩川などによって削られた、孤立丘なんです。ということで地質も周辺の段丘とまったく違うのだそうです。それがどう面白いか知りたい方はググってみてください。

▲樹々で視界が遮られがちですが、唯一の山らしい見晴らしです。

 

●見所その2:「ご近所富士」である
富士塚をご存知でしょうか? 富士山信仰に基づいて、江戸時代に関東一円に作られた「富士山のミニチュア」で、多くは築山だったり、富士山から運んできた石を積み上げて造られたりしましたが、もともとあった山を利用したものもあります。そのスタイルは様々ですが、おきまりの一つに「浅間神社」があります。富士山頂にある「奥宮」(浅間神社)の分祠を山頂に置くのです。さて、府中の浅間山。前山、中山、堂山と3つの山から構成されていますが、その堂山山頂に浅間神社があります。

奥宮
▲山頂の盛り土の上に浅間神社があります。

つまりここ、富士塚なんです。どの講(富士講)が作ったかなど来歴は定かではありません(もしくは富士講とは違った流れかもしれません)が、お祀りしてあるのは木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)ですから富士山信仰です。富士塚の細かい定義に照らすと違うとも言えますが、富士塚的な存在=「ご近所富士」です。先ほどの地形的特徴から、この浅間山の眺望は地元の人にとって、富士山を思わせるものだったはず。富士山に行きたくても行けなかった、ならば代わりに自分たちが登れる富士山を作っちまおう、という江戸の人たちの粋と信心が詰まった、パワースポットなのです。富士塚について詳しく知りたい方は、私が編集した『ご近所富士山の「謎」』という本をお読みください(それとなく宣伝)。

浅間神社

 

●見所その3:三角点がある
地理地形好きをこじらせた人の一部に、「三角点マニア」がいます。登山が好きな人は山頂によくありますので、「あ、あれね」と思うかもしれません。その「あれ」があります。これも詳しく書くと大変なことになるので割愛しますが、先ほどの浅間神社の脇にあります。

▲三角点には等級がありまして、標柱から浅間山のものは「二等三角点」だとわかります。全国に約5000ある二等三角点のうちの一つです。ちなみに一等三角点は全国1000箇所に満たないので、マニアの憧れだそうです。

 

●見所その4:その他にもいろいろある
その他、歴史的なところでは縄文時代の遺跡が確認されていたり、南北朝時代に新田氏と足利氏が戦った古戦場だったり、戦時中は陸軍の火薬庫があったりと、とにかくいろいろあります。また、日本で唯一のムサシノキスゲという植物の自生地だそうですが、担当者は食べ物以外の有機物にあまり興味がないので、関心のある方はぜひご自身でお確かめください。

今回の散策の所要時間は、美術館をスタートして約50分。へそまがりな散歩に最適なテーマが盛り沢山の、超おすすめコースです。

ぬこ
▲おまけ:浅間山に向かう途中、平和の森公園にいた猫。

(図録制作チーム、藤枝)

へそ展を観た後にブラブラするなら

美術館前の桜も咲いて、散歩には最高の季節になりました(花粉もツライですが)。

ソメイヨシノ
美術館前の染井吉野も開花しました(3月22日撮影)。

「へそ展」を観に府中市美術館に来て、府中の森公園でお花見をする。それだけでもかけがえのない休日の過ごし方ですが、せっかく来たのだから、そのまま「ちゅうバス」に乗って帰ってしまうのはもったいない! ということで路上観察が趣味の担当者が周辺散策のおすすめスポットをご紹介します。ただし、本当にマニアックですので、共感を得られるかはわかりません。

第1回(勝手にシリーズ化を宣言!)は「府中通信施設」。
美術館から帰ろうと「ちゅうバス」を待っているとき、道を挟んだ向かいの鬱蒼としたエリアが目に止まった人も多いはず。よく見ると廃墟化した建物もあり、公園の長閑な雰囲気とのコントラストに違和感を覚えます。
これ、在日米軍施設の跡地です。

府中市美術館、府中の森公園の一帯はもともと在日米軍の基地(それ以前は日本陸軍の燃料廠)でした。1974年に在日米軍司令部が横田飛行場に移転するとともに、75年に通信施設を除いた土地が返還されます。美術館バス停の向かいにある鬱蒼としたエリアは、その名残。現在は国有地(返還後の処分保留地)で、その一角の未返還エリアでは通信施設のうちマイクロウェーブ塔が運用されています。
立ち入り禁止区域となっているのですが、周辺を散策すると外から廃墟化した施設を眺めることができ、マニアには知られたスポットとなっています。

米軍基地の廃墟
▲美術館から生涯学習センター方面に少し歩くと現れる廃墟化した建物。
庇トマソン
▲この建物、よく見ると「庇タイプ」のトマソン(わからない人はググってください)もあり、路上観察好きにはたまりません。


▲公園の臨時駐車場の奥にも廃墟が。

▲隣接の平和の森公園の中から。割れた窓ガラスもそのままです。
給水塔
▲生涯学習センター脇の路地を入っていくと給水塔が観察できます。これもマニアの多いジャンルですね。
府中トロポサイト
▲そして都営浅間町二丁目アパートあたりまで行くと、巨大なパラボナアンテナが! 府中通信施設の要、「府中トロポサイト」と呼ばれるエリアです。脇にあるのは高さ107メートルのマイクロウェーブ塔。
パラボラアンテナ
アンテナの直径は約14メートル。巨大構造物ってなんでこんなにワクワクするのでしょう。いくらでも眺めていられます。ネットで検索すると、夕暮れ時を撮影した写真があって、これがまたとても美しい。私もいつか撮影しに来たいと思います。

今回の散策所要時間は美術館をスタートして30分弱。「へそまがり」な世界を楽しんだ後に、廃墟を愛でる。そんな「へそ展+散歩=へそブラ」。皆様もいかがでしょう?

次回はひっそりと見所盛り沢山の「浅間山公園」(ここ本当に最高でした!)をご紹介します。

※周辺は閑静な住宅地ですので、散策の際は住民の方のご迷惑にならないようお気をつけください。

ぬこ
▲おまけ:米軍跡地内にいた猫。美術館周辺には猫もたくさんいます。散策してると猫にも会えるよ!

(図録制作チーム、藤枝)

「初公開」作品44点。 これってすごいことなの?

開幕までいよいよあと3日。

今日は「新発見」のことについて、少し考えてみました。

近年、展覧会の開催にあわせて、初公開作品のニュースが新聞やテレビなどで華々しく報道されたりしています。

「若冲の幻の作品、初公開!」といった具合に。

▲へそ展で展覧会初公開の徳川家光《兎図》。

 

「〈新発見〉ってどういう意味?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。ここで言う「新発見」とは、近年の研究者に知られることなく、展覧会や本などでも紹介されたことのない作品のこと。本だけで紹介されたことがある場合には、展覧会「初公開」となるわけです。

 

そこで、へそ展の図録の制作が始まった昨年春頃、私も金子学芸員に聞いてみました。

「へそ展では初公開とか、新発見みたいな作品はあるんですか?」

すると金子学芸員からは

「ありますよ、おそらく数十点にもなるんじゃないでしょうか。

〈春の江戸絵画まつり〉はいつもそうです」

と、驚きの答えが返ってきました。

「研究の成果を展覧会で発表するのが学芸員の仕事。ですから、いわゆる“新発見”とか、”初公開”といった作品はいつもこれくらいになるんです」

なのだそうです。本当にびっくりしました。

でも、言われてみれば納得で、だから〈春の江戸絵画まつり〉ではいつも、「こんなの見たことない!」という面白い作品が並ぶんですね。府中市美術館での展示をきっかけに、その後、一躍、有名になった作品も思い浮かびます。

そして、金子学芸員の予想通り、へそ展での展覧会初公開作品は、最終的になんと44点になりました。

   

▲こちらも展覧会初公開、仙厓の《十六羅漢図》。「こんな十六羅漢は見たことがない」と金子学芸員。

 

しかも、そういった”新発見”だけでなく、美術史的にも重要と定評のある作品も、さりげなく出品されていることもすごいところなんです。ぜひ、見にきてください!

(図録制作チーム、久保)

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