「へそ展」日記

ひとつの展覧会の裏側には、展覧会を訪れただけでは見えない、
さまざまなプロセスと試行錯誤(と、ときどきドラマ)があります。
〈「へそ展」日記〉は、「へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで」展、
略して「へそ展」が出来上がり・閉幕するまでの舞台裏を、
府中市美術館から発信するブログです。


今度は「ふつう展」日記です!

「へそ展」日記、読んでくださっていた皆さん、どうもありがとうございました。

今度は「ふつう展」日記を始めます。来年3月、「ふつうの系譜」展が始まって、それから閉幕するまで、いろいろなことをここでお伝えしていきたいと思っています。

 

どうぞよろしくお願いいたします!!

(図録制作チーム、久保)

国分寺→府中、将軍様をめぐる散策

せっかくへそ展へ行くなら、周辺も散策してみよう! というこで、これまで府中通信施設浅間山公園をご紹介してきた「へそぶら」シリーズ。ゴールデンウィーク拡大版の今回はちょっと本格的にぶらぶらしてみたい人向けの散策ルートをご紹介します。

府中市美術館へ電車で行く方はほとんどが京王線府中駅か東府中駅、またはJR中央線武蔵小金井駅からバスをご利用かと思いますが、今回私が降り立ったのは、JR中央線西国分寺駅。

▲美術館との位置関係はこのようになっています。

今回はここから歩いて美術館を目指すのですが、2ヵ所寄り道します。「武蔵国分寺跡資料館」と「大国魂神社(おおくにたまじんじゃ)」です。寺社巡りといえばそれまでですが、これが、「へそ展」とおおいに関係があるのです。

▲ということで西国分寺駅南口を出発です。

まずは「国分寺」を目指します。聖武天皇の詔で全国に建立された国分寺のひとつ、武蔵国分寺跡です。武蔵国分寺は、鎌倉末期の戦で焼失(現存の国分寺は、その後新田義貞が再建した真言宗豊山派の寺院)し、今はその跡地が国の史跡に指定されています。武蔵国分寺は、全国の国分寺の中でも有数の規模だったそうで、とにかく広大。街中いたるところに史跡があります。

▲西国分寺駅から数分のところにある東山道武蔵路史跡。古代の官道(都と国府を結ぶ道)です。この東山道武蔵路の東側に僧寺、西側に尼寺(国分尼寺)が置かれていました。
▲竪穴式住居跡なんかを見つつ、さらに進んでいきます。
▲いよいよです。僧寺伽藍中枢部跡地。
▲本尊を安置する金堂や講堂、鐘楼などがあった中枢部。現在は緑地になっています。

 

ここまで来ると、お目当て「武蔵国分寺跡資料館」はもう少しです。

▲資料館は「おたかの道湧水園」にあり、入口の「史跡の駅 おたカフェ」で入場料を支払います。一般100円です。
▲園の入口は、「旧本多家住宅長屋門」で、市の重要文化財。江戸末期の建築です。
▲資料館に入ると、再現ジオラマがお出迎え。国分寺がどうなっていたかよくわかります。中央にあるのが、先ほど見てきた伽藍中枢部ですね。

さて、いよいよお目当てです。

▲これです!

なんだかわかりますか? 兎、ピヨピヨ鳳凰、木兎で皆様の心を鷲掴みにした、三代将軍家光の朱印状です。徳川将軍は寺院や神社を保護するために朱印地を与えましたが、その証文というわけですね。上様といえども、流石に本業ではお絵描きのような独創性を発揮する余地はなかったようです。

▲ギャップをお楽しみください。

 

国分寺史跡は、他にも七重塔跡地や、国分尼寺など見どころたくさんなのですが、いつまでたっても府中にたどり着けませんので、朱印状でテンションが上がったところで、移動します。

▲国分寺の史跡群を抜けると、異様な壁にぶつかりました。府中刑務所です。
▲東芝府中工場のエレベーター試験塔も見えます。

 

次に目指すは、府中市美術館とは府中駅の反対側に位置する大国魂神社。東京五社のひとつ、武蔵国の総大社です。府中街道をひたすら南下していきます。

▲しばらく歩くと美術館通り。左折すれば府中市美術館ですが、直進します。
▲甲州街道を越えると、そこは、
▲われらが京王線! 府中駅はすぐそこです。
▲天然記念物という銀杏並木を抜けると
▲大国魂神社です。
▲境内では間近に迫った「くらやみ祭り」の準備が着々と進んでいました。今年はへそ展とのセットもいいですね。
▲結婚式にも遭遇しました。おめでとうございます。
▲お詣りを済ませたら、目的の宝物殿へ。

 

大国魂神社の創建は西暦111年と、その歴史は古いのですが、府中市美術館の金子学芸員にうかがったところ、近世の歴史は徳川家康による大造営に始まるのだとか。その本殿は、1646年に火災で焼失したものを四代家綱が再建を命じて1667年に完成したもの。現存します。そう、家綱様です。へそ展とつながりましたね。

本殿は残念ながら特別な日にしか公開されないのですが、ここ大国魂神社にもやはり、将軍様の「朱印状」が残されています。徳川幕府からの社領寄進の朱印状として、六代・七代・十五代将軍を除く、歴代将軍の12通もの朱印状が残されているのです。この宝物殿には家光・家綱親子の朱印状が並んで展示されています。館内撮影厳禁なので、写真はご紹介できません。気になる方は、へそ展の親子展示と併せて、ぜひ皆様の眼でお確かめください。

▲家光・家綱親子、朱印状はともかく、自分たちの描いた絵が並べて展示されている未来を想像していたでしょうか?

 

いかがでしたか? へそ展で家光・家綱親子画伯に魅せられた私は、府中市美術館のこんなに近くでその痕跡に触れらるということに、とても不思議な感慨を覚えました。日本美術にこれまでにないムーブメントを起こしつつある秘密には、国分寺と大国魂神社という武蔵国二大パワースポットに残された将軍様たちの何かがあったとしか思えないのです。

 

今回の散策、なんと3時間に及ぶ大行軍となってしまいましたので、この後へそ展を鑑賞する体力が残っているかどうかは保証いたしかねます。国分寺と大国魂神社、どちらかだけというコースでも十分かもしれません。それでも武蔵国国府の史跡の数々を歩いていて、「府中がなぜ府中なのか」ということに少し触れられた気がした、そんな散策でした。

ぬこ
▲おまけ。今回の散策で遭ったねこ。

 

(図録制作チーム、藤枝)

 

 

 

若冲の「振り幅」とへそ展の若冲

福島県立美術館で開催中の「伊藤若冲展」人気ですね。制作チームも先日、行ってきました!《象と鯨図屏風》や《百犬図》など、これまで金子信久学芸員の本でもおなじみの若冲から、見たこともない大胆な絵まであってとても面白くて、福島に行った甲斐があったと思いました。

若冲と言えばへそ展にも出ています。彩色のある《伏見人形図》が2点に、《鯉図》《福禄寿図》2点の水墨画、計4作品です。──というわけで、「へそ展の若冲」について、金子学芸員にいろいろと聞いてみました。

──へそ展の若冲は4点。ちょっと少なめですよね。

金子信久学芸員(以下、金子) そうかもしれませんね。そもそも毎回、どうしても「若冲」がほしいと思って出しているわけではないんです。あくまでテーマありき。けれども、若冲はやっぱり魅力的な画家で、しかもアイデアが豊富で創作の幅が広いので、いろいろなテーマに引っかかってくる、というわけです。

               

▲へそ展出品中の《福禄寿図》と《鯉図》

 

 

──今回は、「へそまがり」な若冲を選んだ、というわけですね。

金子 若冲は本当に「へそまがり」な画家だと思います。あれほどの技術を持ちながら、《伏見人形図》のようにあえて素朴な絵を描いたり、《福禄寿図》のように突拍子もない造形を描いたりするのですから。《鯉図》も面白いですよね。鯉なんて古くからたくさん描かれてきましたが、こんなにびっくりするような形の鯉の絵は、それまでには全くなかったのですから。今回は、「動植綵絵」のような細密な絵を仕上げた若冲とは異なる、ゆったりとしたユーモアあふれる若冲の一面を楽しんでいただけたらと思いました。

▲《伏見人形図》。素朴な造形ですが、とても美しい作品です。

 

──福島の若冲展、初めて見る若冲もたくさんあって、とても面白かったです。初めての若冲といえば、今回の《福禄寿図》もそうですが、これまでに府中市美術館で展覧会デビューした若冲はたくさんありますよね?

金子 そうですね、「江戸絵画まつり」で一般初公開となった作品はいろいろありますが、なかでも《河豚と蛙の相撲図》は思い出深い作品です。あの絵は、「かわいい江戸絵画」展(2013年)の開幕直前に、作品借用の時に借用先で拝見したのです。その場ですぐに出品を決めました。けれども図録はすでに出来上がっているタイミングだったので、別刷りで作品解説を作って、図録に挟み込んだことを覚えています。

 

▲展覧会後に発売された書籍版『かわいい江戸絵画』には、《河豚と蛙の相撲図》を収録しています。

 

──《河豚と蛙の相撲図》は今では京都国立博物館の人気作です。

金子 出世してくれて嬉しいかぎりです。

 

──あの作品には、若冲のサインがありませんね。

金子  はい。ハンコだけ押されています。若冲の水墨画はたくさんありますが、サインや年齢が書かれているものは非常に少ないのです。若冲には何人も弟子がいて、若冲の制作を手伝っていたのではと推測する人もいますし、研究者の中にはハンコしかないものはその工房での作ではないかと考える人もいます。そもそも、江戸時代のほかの人気画家の例からみれば、弟子が手伝っていた可能性が無いとはいえませんが、文献的な根拠はありません。けれども、《河豚と蛙の相撲図》が若冲の作であることを疑う研究者はいないでしょう。

 

──若冲の水墨画はたくさんあるわけですが、描き方は同じなのでしょうか?

金子  大まかに見ればだいたい同じですし、細かく見ればいろいろです。同じ図柄の絵をいくつも描いていますが、少しずつ描き方を変えてみたりしています。それに出来栄えの違いもあります。そりゃそうですよね。むしろ、同じ図柄の水墨画をいくつも比べてみて、若冲の試行錯誤や筆をとった時の気分の違いを想像してみるのも、楽しい見方かもしれません。

 

──出来栄えの違いがあって当然という意味でしょうか? テレビや漫画などではよく、鑑定士のような人が作品をパッと見て「うーん、筆の冴えがないから偽物!」というような場面が出てくるようなイメージがあります。

金子  確かに、時々「筆の冴え」がどうこうというようなことを言って、それで真贋とか弟子の作かどうかを決めたがる人もいるようですが、作品をたくさん見れば見るほど、そんな単純な判断なんてできないことに思い至ります。若冲に限らず、どんな画家でもそうですが。

 

──そういった点も含めて、改めて若冲の魅力はどこにあるのでしょうか?

金子 動植綵絵のような細密でがっちりしたものを描いたかと思えば、へそ展に出ている《伏見人形図》や《福禄寿図》、《鯉図》のような、おかしな絵を描いたりと、その振り幅の大きさもいいですよね。それは時に、見ているこちらが困惑するほどですが、そこが魅力になっているんです。それと、若冲といえば、篤実な仏教徒で、絵のことばかり考えた、というイメージを持つ人が多いようですが、若冲は意外に人を笑わせたり、和ませたりという、サービス精神たっぷりな画家だったと思います。私は、何よりもそこが大好きです。

▲後期展展示中の《伏見人形図》。

 

以前どこかで、「筆の冴え」のような印象だけで作品の良し悪しを語るのを耳にして、なんだかモヤモヤした記憶があったのですが、金子学芸員の説明を聞いてスッキリしました!

若冲を山ほど見てきた金子学芸員が、「へそまがり」をキーワードに選りすぐった若冲4点、本当に面白い作品です。ぜひ、展覧会場で実物をご覧ください。(図録制作チーム、久保)

へそ展アフターに低山登山のすすめ

桜も咲き誇り、用事もないのに出かけたくなる季節となりました(私だけかもしれません)。せっかく府中市美術館に来たからには、の周辺散策シリーズ第2回です。

府中市美術館の住所は「府中市浅間町1丁目」この「浅間」ってなんだかわかりますか? 美術館前の通りを西へ進み、新小金井街道にぶつかったあたりにその答えがあります。
浅間山公園
都立浅間山(せんげんやま)公園。府中市唯一の山である浅間山に作られた公園です。浅間山は標高79.6メートル。ものの5分で登頂できてしまう低山中の低山ですが、これが見所盛り沢山なのです! 行ってみないとわからない、その見所の多さに担当者が「ハァハァ」(息切れ的な意味ではなく)したポイントを一部ご紹介します。

登山口
▲一見ごく普通の自然豊かでのどかな公園ですが、実はスゴいんです。
パラボラアンテナ
▲登っている途中、「府中通信施設」のパラボラアンテナも見えます。この角度もイカす!

 

●見所その1:「地形」がおもしろい!
テレビ番組「ブラタモリ」がお好きな方は恐らく「地形」の話で酒がいくらでも呑めてしまうと思いますが、この浅間山は地形的にユニークな低山です。詳しく書くとそれこそいくらでも書けてしまうので、ざっくり解説にとどめますが、古多摩川などによって削られた、孤立丘なんです。ということで地質も周辺の段丘とまったく違うのだそうです。それがどう面白いか知りたい方はググってみてください。

▲樹々で視界が遮られがちですが、唯一の山らしい見晴らしです。

 

●見所その2:「ご近所富士」である
富士塚をご存知でしょうか? 富士山信仰に基づいて、江戸時代に関東一円に作られた「富士山のミニチュア」で、多くは築山だったり、富士山から運んできた石を積み上げて造られたりしましたが、もともとあった山を利用したものもあります。そのスタイルは様々ですが、おきまりの一つに「浅間神社」があります。富士山頂にある「奥宮」(浅間神社)の分祠を山頂に置くのです。さて、府中の浅間山。前山、中山、堂山と3つの山から構成されていますが、その堂山山頂に浅間神社があります。

奥宮
▲山頂の盛り土の上に浅間神社があります。

つまりここ、富士塚なんです。どの講(富士講)が作ったかなど来歴は定かではありません(もしくは富士講とは違った流れかもしれません)が、お祀りしてあるのは木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)ですから富士山信仰です。富士塚の細かい定義に照らすと違うとも言えますが、富士塚的な存在=「ご近所富士」です。先ほどの地形的特徴から、この浅間山の眺望は地元の人にとって、富士山を思わせるものだったはず。富士山に行きたくても行けなかった、ならば代わりに自分たちが登れる富士山を作っちまおう、という江戸の人たちの粋と信心が詰まった、パワースポットなのです。富士塚について詳しく知りたい方は、私が編集した『ご近所富士山の「謎」』という本をお読みください(それとなく宣伝)。

浅間神社

 

●見所その3:三角点がある
地理地形好きをこじらせた人の一部に、「三角点マニア」がいます。登山が好きな人は山頂によくありますので、「あ、あれね」と思うかもしれません。その「あれ」があります。これも詳しく書くと大変なことになるので割愛しますが、先ほどの浅間神社の脇にあります。

▲三角点には等級がありまして、標柱から浅間山のものは「二等三角点」だとわかります。全国に約5000ある二等三角点のうちの一つです。ちなみに一等三角点は全国1000箇所に満たないので、マニアの憧れだそうです。

 

●見所その4:その他にもいろいろある
その他、歴史的なところでは縄文時代の遺跡が確認されていたり、南北朝時代に新田氏と足利氏が戦った古戦場だったり、戦時中は陸軍の火薬庫があったりと、とにかくいろいろあります。また、日本で唯一のムサシノキスゲという植物の自生地だそうですが、担当者は食べ物以外の有機物にあまり興味がないので、関心のある方はぜひご自身でお確かめください。

今回の散策の所要時間は、美術館をスタートして約50分。へそまがりな散歩に最適なテーマが盛り沢山の、超おすすめコースです。

ぬこ
▲おまけ:浅間山に向かう途中、平和の森公園にいた猫。

(図録制作チーム、藤枝)

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