「ふつう展」日記

ひとつの展覧会の裏側には、展覧会を訪れただけでは見えない、さまざまなプロセスと試行錯誤があります。「ふつう展」日記は、「ふつうの系譜 「奇想」があるなら「ふつう」もあります 京の絵画と敦賀コレクション」展、略して「ふつう展」に関わるスタッフが、折々に皆さんにお伝えしたいことを発信するブログです。


へそ展アフターに低山登山のすすめ

桜も咲き誇り、用事もないのに出かけたくなる季節となりました(私だけかもしれません)。せっかく府中市美術館に来たからには、の周辺散策シリーズ第2回です。

府中市美術館の住所は「府中市浅間町1丁目」この「浅間」ってなんだかわかりますか? 美術館前の通りを西へ進み、新小金井街道にぶつかったあたりにその答えがあります。
浅間山公園
都立浅間山(せんげんやま)公園。府中市唯一の山である浅間山に作られた公園です。浅間山は標高79.6メートル。ものの5分で登頂できてしまう低山中の低山ですが、これが見所盛り沢山なのです! 行ってみないとわからない、その見所の多さに担当者が「ハァハァ」(息切れ的な意味ではなく)したポイントを一部ご紹介します。

登山口
▲一見ごく普通の自然豊かでのどかな公園ですが、実はスゴいんです。
パラボラアンテナ
▲登っている途中、「府中通信施設」のパラボラアンテナも見えます。この角度もイカす!

 

●見所その1:「地形」がおもしろい!
テレビ番組「ブラタモリ」がお好きな方は恐らく「地形」の話で酒がいくらでも呑めてしまうと思いますが、この浅間山は地形的にユニークな低山です。詳しく書くとそれこそいくらでも書けてしまうので、ざっくり解説にとどめますが、古多摩川などによって削られた、孤立丘なんです。ということで地質も周辺の段丘とまったく違うのだそうです。それがどう面白いか知りたい方はググってみてください。

▲樹々で視界が遮られがちですが、唯一の山らしい見晴らしです。

 

●見所その2:「ご近所富士」である
富士塚をご存知でしょうか? 富士山信仰に基づいて、江戸時代に関東一円に作られた「富士山のミニチュア」で、多くは築山だったり、富士山から運んできた石を積み上げて造られたりしましたが、もともとあった山を利用したものもあります。そのスタイルは様々ですが、おきまりの一つに「浅間神社」があります。富士山頂にある「奥宮」(浅間神社)の分祠を山頂に置くのです。さて、府中の浅間山。前山、中山、堂山と3つの山から構成されていますが、その堂山山頂に浅間神社があります。

奥宮
▲山頂の盛り土の上に浅間神社があります。

つまりここ、富士塚なんです。どの講(富士講)が作ったかなど来歴は定かではありません(もしくは富士講とは違った流れかもしれません)が、お祀りしてあるのは木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)ですから富士山信仰です。富士塚の細かい定義に照らすと違うとも言えますが、富士塚的な存在=「ご近所富士」です。先ほどの地形的特徴から、この浅間山の眺望は地元の人にとって、富士山を思わせるものだったはず。富士山に行きたくても行けなかった、ならば代わりに自分たちが登れる富士山を作っちまおう、という江戸の人たちの粋と信心が詰まった、パワースポットなのです。富士塚について詳しく知りたい方は、私が編集した『ご近所富士山の「謎」』という本をお読みください(それとなく宣伝)。

浅間神社

 

●見所その3:三角点がある
地理地形好きをこじらせた人の一部に、「三角点マニア」がいます。登山が好きな人は山頂によくありますので、「あ、あれね」と思うかもしれません。その「あれ」があります。これも詳しく書くと大変なことになるので割愛しますが、先ほどの浅間神社の脇にあります。

▲三角点には等級がありまして、標柱から浅間山のものは「二等三角点」だとわかります。全国に約5000ある二等三角点のうちの一つです。ちなみに一等三角点は全国1000箇所に満たないので、マニアの憧れだそうです。

 

●見所その4:その他にもいろいろある
その他、歴史的なところでは縄文時代の遺跡が確認されていたり、南北朝時代に新田氏と足利氏が戦った古戦場だったり、戦時中は陸軍の火薬庫があったりと、とにかくいろいろあります。また、日本で唯一のムサシノキスゲという植物の自生地だそうですが、担当者は食べ物以外の有機物にあまり興味がないので、関心のある方はぜひご自身でお確かめください。

今回の散策の所要時間は、美術館をスタートして約50分。へそまがりな散歩に最適なテーマが盛り沢山の、超おすすめコースです。

ぬこ
▲おまけ:浅間山に向かう途中、平和の森公園にいた猫。

(図録制作チーム、藤枝)

へそ展を観た後にブラブラするなら

美術館前の桜も咲いて、散歩には最高の季節になりました(花粉もツライですが)。

ソメイヨシノ
美術館前の染井吉野も開花しました(3月22日撮影)。

「へそ展」を観に府中市美術館に来て、府中の森公園でお花見をする。それだけでもかけがえのない休日の過ごし方ですが、せっかく来たのだから、そのまま「ちゅうバス」に乗って帰ってしまうのはもったいない! ということで路上観察が趣味の担当者が周辺散策のおすすめスポットをご紹介します。ただし、本当にマニアックですので、共感を得られるかはわかりません。

第1回(勝手にシリーズ化を宣言!)は「府中通信施設」。
美術館から帰ろうと「ちゅうバス」を待っているとき、道を挟んだ向かいの鬱蒼としたエリアが目に止まった人も多いはず。よく見ると廃墟化した建物もあり、公園の長閑な雰囲気とのコントラストに違和感を覚えます。
これ、在日米軍施設の跡地です。

府中市美術館、府中の森公園の一帯はもともと在日米軍の基地(それ以前は日本陸軍の燃料廠)でした。1974年に在日米軍司令部が横田飛行場に移転するとともに、75年に通信施設を除いた土地が返還されます。美術館バス停の向かいにある鬱蒼としたエリアは、その名残。現在は国有地(返還後の処分保留地)で、その一角の未返還エリアでは通信施設のうちマイクロウェーブ塔が運用されています。
立ち入り禁止区域となっているのですが、周辺を散策すると外から廃墟化した施設を眺めることができ、マニアには知られたスポットとなっています。

米軍基地の廃墟
▲美術館から生涯学習センター方面に少し歩くと現れる廃墟化した建物。
庇トマソン
▲この建物、よく見ると「庇タイプ」のトマソン(わからない人はググってください)もあり、路上観察好きにはたまりません。


▲公園の臨時駐車場の奥にも廃墟が。

▲隣接の平和の森公園の中から。割れた窓ガラスもそのままです。
給水塔
▲生涯学習センター脇の路地を入っていくと給水塔が観察できます。これもマニアの多いジャンルですね。
府中トロポサイト
▲そして都営浅間町二丁目アパートあたりまで行くと、巨大なパラボナアンテナが! 府中通信施設の要、「府中トロポサイト」と呼ばれるエリアです。脇にあるのは高さ107メートルのマイクロウェーブ塔。
パラボラアンテナ
アンテナの直径は約14メートル。巨大構造物ってなんでこんなにワクワクするのでしょう。いくらでも眺めていられます。ネットで検索すると、夕暮れ時を撮影した写真があって、これがまたとても美しい。私もいつか撮影しに来たいと思います。

今回の散策所要時間は美術館をスタートして30分弱。「へそまがり」な世界を楽しんだ後に、廃墟を愛でる。そんな「へそ展+散歩=へそブラ」。皆様もいかがでしょう?

次回はひっそりと見所盛り沢山の「浅間山公園」(ここ本当に最高でした!)をご紹介します。

※周辺は閑静な住宅地ですので、散策の際は住民の方のご迷惑にならないようお気をつけください。

ぬこ
▲おまけ:米軍跡地内にいた猫。美術館周辺には猫もたくさんいます。散策してると猫にも会えるよ!

(図録制作チーム、藤枝)

「初公開」作品44点。 これってすごいことなの?

開幕までいよいよあと3日。

今日は「新発見」のことについて、少し考えてみました。

近年、展覧会の開催にあわせて、初公開作品のニュースが新聞やテレビなどで華々しく報道されたりしています。

「若冲の幻の作品、初公開!」といった具合に。

▲へそ展で展覧会初公開の徳川家光《兎図》。

 

「〈新発見〉ってどういう意味?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。ここで言う「新発見」とは、近年の研究者に知られることなく、展覧会や本などでも紹介されたことのない作品のこと。本だけで紹介されたことがある場合には、展覧会「初公開」となるわけです。

 

そこで、へそ展の図録の制作が始まった昨年春頃、私も金子学芸員に聞いてみました。

「へそ展では初公開とか、新発見みたいな作品はあるんですか?」

すると金子学芸員からは

「ありますよ、おそらく数十点にもなるんじゃないでしょうか。

〈春の江戸絵画まつり〉はいつもそうです」

と、驚きの答えが返ってきました。

「研究の成果を展覧会で発表するのが学芸員の仕事。ですから、いわゆる“新発見”とか、”初公開”といった作品はいつもこれくらいになるんです」

なのだそうです。本当にびっくりしました。

でも、言われてみれば納得で、だから〈春の江戸絵画まつり〉ではいつも、「こんなの見たことない!」という面白い作品が並ぶんですね。府中市美術館での展示をきっかけに、その後、一躍、有名になった作品も思い浮かびます。

そして、金子学芸員の予想通り、へそ展での展覧会初公開作品は、最終的になんと44点になりました。

   

▲こちらも展覧会初公開、仙厓の《十六羅漢図》。「こんな十六羅漢は見たことがない」と金子学芸員。

 

しかも、そういった”新発見”だけでなく、美術史的にも重要と定評のある作品も、さりげなく出品されていることもすごいところなんです。ぜひ、見にきてください!

(図録制作チーム、久保)

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