「ふつう展」日記

ひとつの展覧会の裏側には、展覧会を訪れただけでは見えない、さまざまなプロセスと試行錯誤があります。「ふつう展」日記は、「ふつうの系譜 「奇想」があるなら「ふつう」もあります 京の絵画と敦賀コレクション」展、略して「ふつう展」に関わるスタッフが、折々に皆さんにお伝えしたいことを発信するブログです。


国分寺→府中、将軍様をめぐる散策

せっかくへそ展へ行くなら、周辺も散策してみよう! というこで、これまで府中通信施設浅間山公園をご紹介してきた「へそぶら」シリーズ。ゴールデンウィーク拡大版の今回はちょっと本格的にぶらぶらしてみたい人向けの散策ルートをご紹介します。

府中市美術館へ電車で行く方はほとんどが京王線府中駅か東府中駅、またはJR中央線武蔵小金井駅からバスをご利用かと思いますが、今回私が降り立ったのは、JR中央線西国分寺駅。

▲美術館との位置関係はこのようになっています。

今回はここから歩いて美術館を目指すのですが、2ヵ所寄り道します。「武蔵国分寺跡資料館」と「大国魂神社(おおくにたまじんじゃ)」です。寺社巡りといえばそれまでですが、これが、「へそ展」とおおいに関係があるのです。

▲ということで西国分寺駅南口を出発です。

まずは「国分寺」を目指します。聖武天皇の詔で全国に建立された国分寺のひとつ、武蔵国分寺跡です。武蔵国分寺は、鎌倉末期の戦で焼失(現存の国分寺は、その後新田義貞が再建した真言宗豊山派の寺院)し、今はその跡地が国の史跡に指定されています。武蔵国分寺は、全国の国分寺の中でも有数の規模だったそうで、とにかく広大。街中いたるところに史跡があります。

▲西国分寺駅から数分のところにある東山道武蔵路史跡。古代の官道(都と国府を結ぶ道)です。この東山道武蔵路の東側に僧寺、西側に尼寺(国分尼寺)が置かれていました。
▲竪穴式住居跡なんかを見つつ、さらに進んでいきます。
▲いよいよです。僧寺伽藍中枢部跡地。
▲本尊を安置する金堂や講堂、鐘楼などがあった中枢部。現在は緑地になっています。

 

ここまで来ると、お目当て「武蔵国分寺跡資料館」はもう少しです。

▲資料館は「おたかの道湧水園」にあり、入口の「史跡の駅 おたカフェ」で入場料を支払います。一般100円です。
▲園の入口は、「旧本多家住宅長屋門」で、市の重要文化財。江戸末期の建築です。
▲資料館に入ると、再現ジオラマがお出迎え。国分寺がどうなっていたかよくわかります。中央にあるのが、先ほど見てきた伽藍中枢部ですね。

さて、いよいよお目当てです。

▲これです!

なんだかわかりますか? 兎、ピヨピヨ鳳凰、木兎で皆様の心を鷲掴みにした、三代将軍家光の朱印状です。徳川将軍は寺院や神社を保護するために朱印地を与えましたが、その証文というわけですね。上様といえども、流石に本業ではお絵描きのような独創性を発揮する余地はなかったようです。

▲ギャップをお楽しみください。

 

国分寺史跡は、他にも七重塔跡地や、国分尼寺など見どころたくさんなのですが、いつまでたっても府中にたどり着けませんので、朱印状でテンションが上がったところで、移動します。

▲国分寺の史跡群を抜けると、異様な壁にぶつかりました。府中刑務所です。
▲東芝府中工場のエレベーター試験塔も見えます。

 

次に目指すは、府中市美術館とは府中駅の反対側に位置する大国魂神社。東京五社のひとつ、武蔵国の総大社です。府中街道をひたすら南下していきます。

▲しばらく歩くと美術館通り。左折すれば府中市美術館ですが、直進します。
▲甲州街道を越えると、そこは、
▲われらが京王線! 府中駅はすぐそこです。
▲天然記念物という銀杏並木を抜けると
▲大国魂神社です。
▲境内では間近に迫った「くらやみ祭り」の準備が着々と進んでいました。今年はへそ展とのセットもいいですね。
▲結婚式にも遭遇しました。おめでとうございます。
▲お詣りを済ませたら、目的の宝物殿へ。

 

大国魂神社の創建は西暦111年と、その歴史は古いのですが、府中市美術館の金子学芸員にうかがったところ、近世の歴史は徳川家康による大造営に始まるのだとか。その本殿は、1646年に火災で焼失したものを四代家綱が再建を命じて1667年に完成したもの。現存します。そう、家綱様です。へそ展とつながりましたね。

本殿は残念ながら特別な日にしか公開されないのですが、ここ大国魂神社にもやはり、将軍様の「朱印状」が残されています。徳川幕府からの社領寄進の朱印状として、六代・七代・十五代将軍を除く、歴代将軍の12通もの朱印状が残されているのです。この宝物殿には家光・家綱親子の朱印状が並んで展示されています。館内撮影厳禁なので、写真はご紹介できません。気になる方は、へそ展の親子展示と併せて、ぜひ皆様の眼でお確かめください。

▲家光・家綱親子、朱印状はともかく、自分たちの描いた絵が並べて展示されている未来を想像していたでしょうか?

 

いかがでしたか? へそ展で家光・家綱親子画伯に魅せられた私は、府中市美術館のこんなに近くでその痕跡に触れらるということに、とても不思議な感慨を覚えました。日本美術にこれまでにないムーブメントを起こしつつある秘密には、国分寺と大国魂神社という武蔵国二大パワースポットに残された将軍様たちの何かがあったとしか思えないのです。

 

今回の散策、なんと3時間に及ぶ大行軍となってしまいましたので、この後へそ展を鑑賞する体力が残っているかどうかは保証いたしかねます。国分寺と大国魂神社、どちらかだけというコースでも十分かもしれません。それでも武蔵国国府の史跡の数々を歩いていて、「府中がなぜ府中なのか」ということに少し触れられた気がした、そんな散策でした。

ぬこ
▲おまけ。今回の散策で遭ったねこ。

 

(図録制作チーム、藤枝)

 

 

 

若冲の「振り幅」とへそ展の若冲

福島県立美術館で開催中の「伊藤若冲展」人気ですね。制作チームも先日、行ってきました!《象と鯨図屏風》や《百犬図》など、これまで金子信久学芸員の本でもおなじみの若冲から、見たこともない大胆な絵まであってとても面白くて、福島に行った甲斐があったと思いました。

若冲と言えばへそ展にも出ています。彩色のある《伏見人形図》が2点に、《鯉図》《福禄寿図》2点の水墨画、計4作品です。──というわけで、「へそ展の若冲」について、金子学芸員にいろいろと聞いてみました。

──へそ展の若冲は4点。ちょっと少なめですよね。

金子信久学芸員(以下、金子) そうかもしれませんね。そもそも毎回、どうしても「若冲」がほしいと思って出しているわけではないんです。あくまでテーマありき。けれども、若冲はやっぱり魅力的な画家で、しかもアイデアが豊富で創作の幅が広いので、いろいろなテーマに引っかかってくる、というわけです。

               

▲へそ展出品中の《福禄寿図》と《鯉図》

 

 

──今回は、「へそまがり」な若冲を選んだ、というわけですね。

金子 若冲は本当に「へそまがり」な画家だと思います。あれほどの技術を持ちながら、《伏見人形図》のようにあえて素朴な絵を描いたり、《福禄寿図》のように突拍子もない造形を描いたりするのですから。《鯉図》も面白いですよね。鯉なんて古くからたくさん描かれてきましたが、こんなにびっくりするような形の鯉の絵は、それまでには全くなかったのですから。今回は、「動植綵絵」のような細密な絵を仕上げた若冲とは異なる、ゆったりとしたユーモアあふれる若冲の一面を楽しんでいただけたらと思いました。

▲《伏見人形図》。素朴な造形ですが、とても美しい作品です。

 

──福島の若冲展、初めて見る若冲もたくさんあって、とても面白かったです。初めての若冲といえば、今回の《福禄寿図》もそうですが、これまでに府中市美術館で展覧会デビューした若冲はたくさんありますよね?

金子 そうですね、「江戸絵画まつり」で一般初公開となった作品はいろいろありますが、なかでも《河豚と蛙の相撲図》は思い出深い作品です。あの絵は、「かわいい江戸絵画」展(2013年)の開幕直前に、作品借用の時に借用先で拝見したのです。その場ですぐに出品を決めました。けれども図録はすでに出来上がっているタイミングだったので、別刷りで作品解説を作って、図録に挟み込んだことを覚えています。

 

▲展覧会後に発売された書籍版『かわいい江戸絵画』には、《河豚と蛙の相撲図》を収録しています。

 

──《河豚と蛙の相撲図》は今では京都国立博物館の人気作です。

金子 出世してくれて嬉しいかぎりです。

 

──あの作品には、若冲のサインがありませんね。

金子  はい。ハンコだけ押されています。若冲の水墨画はたくさんありますが、サインや年齢が書かれているものは非常に少ないのです。若冲には何人も弟子がいて、若冲の制作を手伝っていたのではと推測する人もいますし、研究者の中にはハンコしかないものはその工房での作ではないかと考える人もいます。そもそも、江戸時代のほかの人気画家の例からみれば、弟子が手伝っていた可能性が無いとはいえませんが、文献的な根拠はありません。けれども、《河豚と蛙の相撲図》が若冲の作であることを疑う研究者はいないでしょう。

 

──若冲の水墨画はたくさんあるわけですが、描き方は同じなのでしょうか?

金子  大まかに見ればだいたい同じですし、細かく見ればいろいろです。同じ図柄の絵をいくつも描いていますが、少しずつ描き方を変えてみたりしています。それに出来栄えの違いもあります。そりゃそうですよね。むしろ、同じ図柄の水墨画をいくつも比べてみて、若冲の試行錯誤や筆をとった時の気分の違いを想像してみるのも、楽しい見方かもしれません。

 

──出来栄えの違いがあって当然という意味でしょうか? テレビや漫画などではよく、鑑定士のような人が作品をパッと見て「うーん、筆の冴えがないから偽物!」というような場面が出てくるようなイメージがあります。

金子  確かに、時々「筆の冴え」がどうこうというようなことを言って、それで真贋とか弟子の作かどうかを決めたがる人もいるようですが、作品をたくさん見れば見るほど、そんな単純な判断なんてできないことに思い至ります。若冲に限らず、どんな画家でもそうですが。

 

──そういった点も含めて、改めて若冲の魅力はどこにあるのでしょうか?

金子 動植綵絵のような細密でがっちりしたものを描いたかと思えば、へそ展に出ている《伏見人形図》や《福禄寿図》、《鯉図》のような、おかしな絵を描いたりと、その振り幅の大きさもいいですよね。それは時に、見ているこちらが困惑するほどですが、そこが魅力になっているんです。それと、若冲といえば、篤実な仏教徒で、絵のことばかり考えた、というイメージを持つ人が多いようですが、若冲は意外に人を笑わせたり、和ませたりという、サービス精神たっぷりな画家だったと思います。私は、何よりもそこが大好きです。

▲後期展展示中の《伏見人形図》。

 

以前どこかで、「筆の冴え」のような印象だけで作品の良し悪しを語るのを耳にして、なんだかモヤモヤした記憶があったのですが、金子学芸員の説明を聞いてスッキリしました!

若冲を山ほど見てきた金子学芸員が、「へそまがり」をキーワードに選りすぐった若冲4点、本当に面白い作品です。ぜひ、展覧会場で実物をご覧ください。(図録制作チーム、久保)

仙厓さんの梅

昨年11月、仙厓の作品を撮影するため、へそ展担当学芸員の私と、講談社の図録制作チームで、博多の幻住庵を訪ねました。仙厓がたくさんの絵を描いた場所です。

非公開のお寺ですが、境内にある仙厓ゆかりの場所や石碑などを図録で紹介したいと思い、撮影終了後、ご住職に一つ一つ案内していただきました。

その一つが「雲井の梅」という梅の木。福岡藩主から仙厓が賜ったという、重厚かつ整った、見事な枝ぶりの古木です。そして、この時、つまり11月に撮った写真を、図録のコラム「仙厓さんのアトリエ」のページに入れて、こんなレイアウトを組みました。

さて、展覧会の開幕が近づいて、作品をお借りするため、私は再び幻住庵にうかがいました。図録の最終校正を残すのみとなっていた2月22日のことです。

冷たい空気の中、気を引き締めて門をくぐり境内に入った瞬間、今まで見たこともないような美しい紅梅が目に飛び込んできました。あの雲井の梅です。

あまりの素晴らしさに、作品の借用作業を終えると、すぐに写真を撮らせていただきました。そして、お寺を出発し、福岡市内を走る美術品専用トラックの中で、「そうだ、この興奮を、ツイッターでみなさんにお伝えしよう!」と思いつきました。

 

ツイッターを担当している図録制作チームの編集者に、画像のサイズを小さくしてメールで送ると、まもなく驚きの言葉が返ってきました。「図録の写真を差し替えるから、すぐに大きなサイズの画像を送ってください!」。すでに最終確認を残すのみだった図録の製作ですが、あまりに美しい梅を見て、なんとしてでも図版を差し替えようと考えたのです。

そうして出来上がったのが、このページです。雲井の梅は、花が大きく、花弁にはふっくらと厚みがあって、それはそれは見事です。本物の花の美しさをどれだけお伝えできているか、心もとないのですが、仙厓さんも愛でた梅を、ぜひ図録でご覧ください。

(府中市美術館、金子)

家光兎のアレを探して

おかげさまで大いに盛り上がっている「へそ展」ですが、前期も気がつけばあと10日ほど。ご案内の通り、前後期で大幅な展示替えがありますので、前期でお目当ての作品がある方は急がねばなりませんし、後期を楽しみにしていらっしゃる方は、そのスタートを指折り数えているかもしれません。

すでにご来場の方で、この「へそ展日記」をご愛読の方、美術館周辺のご散策をお楽しみいただけたでしょうか?
先日の金子学芸員の講座でいきなり前回の「三角点ネタ」が取り上げられ、ドキドキしてしまいましたが、ご好評をいただけているものと勝手に解釈しまして、調子に乗って散策編第3弾をお届けします。

と言いましても、スポットは今回も「浅間山」(なんと読むか、覚えましたね?)です。そう、美術館近くにある、あの浅間山公園です。

公園
▲今回も浅間山公園よりお届けします。

地形やら、富士塚やら、三角点にハァハァしていた担当者、この見所盛り沢山の低山を登っていて、あることに気づいたのです。

例えば、こんなのとか。
切り株
こんなのとか。
切り株
こんなの。
切り株
いかがですか? へそ展を存分に楽しんできた皆様なら、「あ!」と思うハズ。

へそ展で皆様の心を鷲掴みにした、家光様の兎図。「ボディか?」はたまた「マントか、ガウンなのか?」ーー邪悪にも見えるその表情もあって皆様の妄想が膨らみ、実際鑑賞して「えー⁉︎ 切り株なの?」と一部の方に衝撃を与えたアレです。そんな兎がちょんと乗るのにちょうどいいサイズの切り株が、浅間山のいたるところにあるのです。そこで、あの兎が佇んでいたのは、こんな切り株だったのでは? と妄想する散策はいかがでしょう?

▲ちなみに担当者が「コレだ!」と思った切り株はこんな感じです。

先日の講座や図録の解説にあったように、唱歌「待ちぼうけ」の元ネタである「韓非子」のエピソードも思わせる兎と切り株。家光様も江戸のどこかで見かけたこんな切り株をイメージして描いたのかもしれません。そう思うとワクワクしますね。そして、本物の切り株を眺めると、家光様、切り株は意外とよく描けている気もしてきます。
ということで、家光兎の切り株はコレだ! というものを見つけましたら、#家光兎のアレ で、Twitterなどに投稿してみてください(真顔で)。

ぬこ
▲おまけ。都営浅間町二丁目アパート付近にいたねこ。

(図録制作チーム、藤枝)

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