「動物展」日記

ひとつの展覧会の裏側には、展覧会を訪れただけでは見えない、さまざまなプロセスと試行錯誤があります。「動物展」日記は、「動物の絵 日本とヨーロッパ」展、略して「動物展」に関わるスタッフが、折々に皆さんにお伝えしたいことを発信するブログです。


家光の動物画、どこがいいの?①

徳川家光の描いた動物画が人気です。さりげなくTwitterで紹介するだけで、「いいね」をしてくださる方が大勢いらっしゃいますし、「家光の絵が今回の展示作品の中で一番好き」という方も、少なくありません。私ももちろん大好きです、家光の動物画。家光の絵のどこがそれほどまでに、私たちの心に響くのでしょうか? その理由を、本展の企画者の一人である府中市美術館の金子学芸員に聞いてみました。

▲徳川家光の絵が並ぶ「家光の部屋」

 

ー家光の動物画、すごい人気ですね。私も好きですが、どこがいいのかと尋ねられると、うまく説明できなくて困ってしまいます。

金子信久(以下、金子) そうですよね。どの系列にも属さない絵ですから、説明が難しいのかもしれません。以前、BS日テレの「ぶらぶら美術・博物館」の収録の際に、山田五郎さんが「ルソークラスの画家」という表現をなさっていましたが、確かに、家光の絵にはルソーに通じるところがあるように思います。

▲徳川家光「木兎図」(部分)下関市立歴史博物館寄託 前期(10/24まで)展示

 

ー下手だということですか?

金子 意図していなことの強さ、と言ったらいいかもしれません。例えば、ルソーの絵は面白いけれど、ルソーのマネをした数多の作品のほとんどは、面白くないですよね。家光の絵は、見れば分かるように、非常に丁寧に、一生懸命に描かれています。おそらく本人も自分が普通の意味で「上手い」とは思っていなかったはずですが、本人の評価や意図はさておき、私たちが今見ると、まるでヘタウマの絵のようで、そこが面白いと映るのではないでしょうか。

▲徳川家光「兎図」(部分)前期(10/24まで)展示

 

ーでは、家光は何を意図していたのでしょうか?

金子 意図は色々あると思いますが、まず第一に「リアリズム」でしょう。作品からは、非常に細やかに動物の姿を再現しようとする意図がはっきり見て取れます。例えば「兎図」ならば、毛のもふもふ感にこだわって、紙を筆で撫でるような描き方をしています。また、耳の輪郭を破線で表していることも重要です。本物のウサギの耳には輪郭がないので、形をはっきりさせることと、本物のように描くことの間をとって、このような表現になったのだと思います。

▲耳と尻尾の輪郭は波線。

 

ー確かに、とてもリアルです。それでも、家光は自分で「上手い」と思っていなかった?

金子 家光は将軍です。そばには、狩野探幽、安信、尚信らの御用絵師がいて、彼らを呼んでは絵を鑑賞したりしていたことが記録でわかっています。日頃から一流の書画に親しんできたので、どんな絵がいわゆる「上手い」絵なのか、ということはもちろんわかっていたでしょう。

 

ー確かに、上手い系の絵もありますよね。

金子 そうです。今回の出品作では「竹に小禽図」などは狩野派風の描き方です。お手本通りに描こうと思えばできたんです。それでも家光は、あえて、見慣れた絵画とは違う描き方をしたのだと考えています。今風の言葉で言えば「天然」で良いのだという確信があったのだと思います。

▲徳川家光「竹に小禽図」(部分)後期(10/26から)展示

 

家光の絵の魅力について、お話しはまだまだ続きます。次回をお楽しみに!

(図録編集チーム、久保)

家光をめぐる散策その1ー三島編

さて、動物展日記でも「散策」レポートを綴って参ります。

へそ展に続き動物展でも皆様を熱狂させている、徳川家光。
家光画伯、いや将軍をめぐる散策を2回に分けてお届けしようと思います。

ちなみに、家光をめぐってはへそ展日記で府中との不思議な縁について散策しましたので、ご興味のある方はお読みください。

図録の表紙にもなった、養源寺の「木兎図」。2019年の「へそまがり日本美術」展で初公開され、今回の展覧会を前に修復されたことは、図録やこのブログでもご紹介した通りです。ぜひ、図録でもご覧ください。

木兎図修復の様子
▲修復される木兎図

 

この修復が行われたのは、伊豆に工房を構える「春鳳堂」さん。三島駅から伊豆箱根鉄道に乗り継いで修善寺方面、大仁駅近くにその工房はあります。

乗り換えのために降り立った三島には家光ゆかりの地がある、ということで取材の前に少し散策してきました。

三島にはかつて「御殿地」と呼ばれたエリアがありました。御殿があった場所。そう、徳川家光が江戸から上洛する際の宿泊地が置かれていたのです。
三島市のwebサイトによると総面積は推定1万坪以上だったとか。1635年以降に将軍の上洛が行われなくなってからは廃止されたそうですが、現在もその面影が少しだけ遺されています。

御殿神社
▲御殿神社

 

御殿を護るために祀られていた稲荷神社がこの「御殿神社」です。街の景色に溶け込んで、まったくもって目立たず、ひっそりしていて通り過ぎてしまいそうですが、御殿地がここにあった証です。

御殿神社

お詣りを済ませ、御殿神社の前の道を少し歩くとせせらぎが。御殿地の東側を流れる「御殿川」です。

御殿川
▲御殿川

 

富士山の湧水をルーツとする四筋の川が流れ、水の都と言われた三島らしいこの風景を、家光も眺めたのでしょうか。そしてこの御殿地でも何か絵を描いたのでしょうか。せせらぎの音を聴きながら、そんなことを考えました。

御殿川沿いに三島駅方面へ戻る途中、気になるスポットに出会いました。

孝行犬
▲これです

 

日蓮宗の古刹・円明寺には江戸時代から「孝行犬」のお話が伝わっていて、その孝行犬の墓があるのです。
お寺の本堂の床下に暮らす母犬と5匹の子犬。ある日子犬のうち一匹が死んだことをきっかけに母犬が病に臥してしまいます。子犬たちは母犬のためにエサを集めるなど奔走しますが、必死の看病むなしく、母犬は半年後に死に、遺された4匹の子犬たちも後を追うように死んでしまったというのです。

孝行犬の墓
▲孝行犬の墓

 

その様子を見守っていたお寺の住職が供養のために建てたのがこの孝行犬の墓。毎年4月18日には供養祭が行われるのだとか。6匹の犬へのやさしいまなざしに、動物展のテーマに通ずるものを感じました。

孝行犬の墓
▲母犬の名「タマ」、子犬たちの名「トク」「ツル」「マツ」「サト」「フジ」が刻まれています。

 

家光に触れ、思いがけず動物へのまなざしについて考える。ついでのつもりの散策で、なんだかトクをした気分になりました。

家光をめぐる散策、次回は後期出品作に関連する散策をお届け予定です。

(図録制作チーム、藤枝)

 

 

 

 

 

展覧会を支える修復家さんの仕事

先日、家光の「木兎図」の修復の様子をご覧いただきましたが、今回は西洋編です。

 

日頃から、美術館は修復家さんにとてもお世話になっています。収蔵品の修理だけでなく、保存方法を相談したり、光学調査をお願いしたり、とても頼りになる存在なのです。さらに実は、展覧会でもとても重要な仕事をお願いしています。

 

それは展示の前後に行う作品の状態確認です。特に、海外から作品を輸送する場合や、複数の会場を巡回する展覧会の場合、修復家による入念な確認作業は欠かせません。

 

「動物の絵」展をご担当いただいたのは、「修復研究所21」所長の渡邉郁夫さん。油彩画の保存修復の第一人者で、海外の文化財の修復調査などの経験も豊富です。ヨーロッパの美術館の学芸員や修復家からの信頼も厚く、今回ぜひにとお願いしました。

 

 

画面や額を点検し、すでに傷や欠損のある箇所をチェックし、「作品調書」を作成します。この時、これから破損の恐れがある場所、取扱の注意点なども記入します。修復家さんがお医者さんだとすれば、作品調書はカルテのようなもの。会期終了後に作品に変化がないか、この作品調書をもとにしっかりと確認してから、所蔵館やご所蔵家に作品をお返しします。

▲ナント美術館所蔵の《鳥のコンサート》。ライトやルーペを使って、作品の隅々まで確認します。

 

▲輸送前に所蔵館が作成した作品調書。この状態から変化のないことを確認しつつ、新たに気づいたことや注意点を書き加えていきます。

 

 

幸いなことに、今回は必要はありませんでしたが、展示や輸送に際して危険な箇所が見かった場合、ご所蔵家や所蔵館に承諾を得た上で、例えば、額のひび割れを固定するなど、応急的な処置をしていただくこともあります。

 

 

▲額裏のチェックも大切です。

 

海外から作品を借りた場合、通常、こうした作品チェックは、修復家、私たち開催館の学芸員、所蔵館の学芸員の3者で行います。しかし、今回、渡航制限のため来日できなかった所蔵館の学芸員は、オンラインで作品のチェックを見守ってくれました。

▲輸送用木箱を開梱する際もビデオカメラでしっかり撮影。所蔵館にも確認してもらいながら行います。

 

 

この度の展覧会では、国内外から沢山の作品をお借りしました。どれもとても貴重な作品です。お預かりした大切な作品を、安全に安心して展示できるのは、渡邊さんのおかげです。きめ細やかで丁寧なお仕事で、展覧会の一番大切な部分をしっかりと支えてくださっています。(府中市美術館、音)

家光の木兎図のこと②ー修復して生まれ変わりましたー

へそ展で、この家光の「木兎図」をご覧になった方は、お気づきかもしれませんが、この作品、実は、当初はかなり傷んでいたのです。

▲本紙には強い折れが入り、表具の軸部分には破れも。

 

 

傷みが進んでいるのには、訳があります。御住職によれば、第二次世界大戦で千駄木一帯が空襲に見舞われる中、当時の御住職は、寺の伝来品をできるだけ守ろうと、かさばる箱から掛軸を取り出して長持ちに詰め込み、避難させたのだそうです。

 

その時の御住職の孫にあたるのが、現在の御住職。蔵に眠っていた伝来品を、専門家の手を借りて整理しつつ、後世に伝えようと尽力しています。そして、この度、家光の「木兎図」が修復に出されることになったのです。

 

修復を任されたのは、伊豆に工房を構える「春鳳堂」。正倉院御物や東大寺宝物の修復も手掛ける老舗です。

▲「春鳳堂」初代の師岡恒夫さん。今回は特別に修復の現場を見せていただきました。

 

この日行われたのは、主に本紙の汚れを落とす「洗い」と新しくする裂地を選ぶ作業です。その様子を、写真とともに、ざっくり紹介させていただきます。

 

▲裏側に向けられた「木兎図」。

 

▲絵柄の描かれた部分を、古い表具裂から切り離していきます。真剣なまなざしでこの工程に取り組むのは、二代目の恒平さん。

 

 

▲今度は掛軸を表側に向けて、作業を続けます。恒平さんが手にしているのは、畳用の針。

 

▲丁寧に本紙を持ち上げる恒平さん。

 

 

▲絵柄のある部分から古い表具裂が外されました。

 

 

▲新しい表装のために、裂地を選んでいきます。

 

 

▲工房には、たくさんの裂地が。どれもいかにも高級そうです。

 

 

 

    

▲「格のある作品には、格のある裂をつけないと」と話す師岡さん。色々な組み合わせをご提案くださり、その中から養源寺の御住職が選びます。

 

 

▲裂地が決まったら、今度は「洗い」の工程です。きれいな水で本紙の汚れを落としていきます。

 

▲掛軸は何層かのレイヤー構造になっています。本紙の裏には、「総裏」「増裏」「肌裏」などのと裏打ち紙が施されているので、水に浸して、それらの裏打ち紙を剥がしていきます。

 

 

 

 

▲「折れ伏せ」と呼ばれる、小さく細長い紙を剥がしていきます。折れ伏せとは、本紙の折れや亀裂の部分に、折れの予防や補強のために裏面から貼る紙のこと。この写真では、白い横線のように見えるのが、折れ伏せです。この作品も、いつの時代かに、修復が行われていたのですね。

 

▲本紙に接する裏打ち紙「肌裏」を上げます。

 

 

▲本紙だけになった「木兎図」。洗いも終えて、見違えました!

 

この日、見せていただいたのはここまでです。古書画を洗うところなど目の当たりにしたのは初めてでしたが、水に浸けても、絵柄の墨は全く滲まないんです!(当たり前かもしれませんが、とにかくびっくり!)しかも、小麦を主原料とする古糊は紙時間の経過とともに、接着力が弱まるそうで、裏打ちの紙も簡単に剥がせる。だから、掛軸は何度でも生まれ変わることができるんですね。先人の知恵、本当にすごいです。

 

そして後日、完成した掛軸を見せていただき、養源寺に行ってきました!

 

表具が新しくなってどうなるのか、師岡さんが裂地を並べてくださっていた時は、きちんと想像できていなかったのですが、こうして仕上がりを見てみると、本当に素晴らしい。心なしか、木兎も喜んでいるように見えるから不思議です。

そして、洗いを終えた「木兎図」では、筆づかいもよりはっきりと見え、家光がいかに丁寧にこの絵を描いたかがよくわかります。私の感覚では、修復前の100倍くらいかわいくなりました。

生まれ変わった「木兎図」、ぜひ、展覧会場にてご覧ください。

(図録制作チーム、久保)

 

 

 

 

家光の木兎図のこと①ー初公開にまつわる色々ー

9月18日(土)にスタートする、「動物の絵 日本とヨーロッパ ふしぎ・かわいい・へそまがり」展、先日、その図録をようやく校了いたしました。

 

府中市美術館開館20周年記念というだけあって、今回の展覧会、本当に豪華です。日本とヨーロッパ各地から、計188点もの作品が集められます。

 

今日は数ある作品の中から、府中市美術館ととりわけゆかりの深い、この家光の「木兎図」のことを、お話ししたいと思います。

▲徳川家光「木兎図」(部分、養源寺蔵)。

 

大きな耳(羽角といいます)に、まん丸の目、もふもふの体。この「木兎図」は、2019年の「へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで」(以下、へそ展)の準備中に、府中市美術館の金子学芸員が確認して、初めて一般公開された作品なのです。

 

この作品を所蔵するのは、東京・千駄木にある養源寺。徳川家光の乳母として知られる春日局の子、稲葉正勝創建のお寺です。

▲東京・千駄木にある養源寺。

 

春日局ゆかりの寺に、家光の作品が伝わる、というのは誰もが納得のいくストーリーなのですが、2019年まで「木兎図」のことは、公には知られていなかったのです。それをどうして、へそ展に出品することになったのでしょうか? 実は、そこに一役買ってくださったのは、京都・麟祥院の御住職でした。

▲へそ展の準備中、作品撮影に訪れた京都・麟祥院にて。

 

へそ展出品の雲竜図襖の撮影に伺った際、へそ展に徳川家光の作品が出品されることを知った御住職は、「家光の面白い絵なら、東京の養源寺にあるよ」と、教えてくださったのです。

▲撮影した家光の作品を見せてくださる麟祥院の御住職。

 

麟祥院の御住職は、美術にも造詣が深いので、一度目にした作品はよく覚えていらっしゃるのでしょう。おもむろに携帯電話を取り出して、ご自身で撮影された作品の写真を見せてくださり、なんと、その場で養源寺の御住職にお電話までしてくださいました。麟祥院と養源寺は、同じ臨済宗妙心寺派の寺院なので、皆さんお互いによく知ってらっしゃるのです。

 

そして金子学芸員は後日、養源寺を訪ねて、実際の作品を見せていただき、へそ展で公開されることになったというわけです。麟祥院の撮影に同行していた図録制作チーム一同、展覧会の出品作が、こんな風に決まることもある、ということを目の当たりにする、という大変貴重な機会でした。何事も、人と人とのつながりが大事なんだなあ、としみじみ思いました。

 

そんなわけで、府中市美術館との特別な縁を感じてしまう「木兎図」ですが、今回、動物展への展示を前に、修復に出されるということで、その様子を取材させていただくことができました! 修復の様子は、次回の日記でお伝えしたいと思います!

(図録制作チーム、久保)

 

 

色校会議と、PD高栁さんのこと

すっかり、動物展日記をさぼってしまいました。

 

正確に言いますと、決してさぼっていたわけではなく、あまりに色々なことが、ぎゅぎゅっとタイトに詰まっていて、ちゃんとした日記を書くだけの余裕がなかったのです。でも、そんなことを言っていては、一生日記なんか書けない、と思い直して、「展覧会にまつわることを、少しでも」という気楽な気持ちで、リスタートすることにしました。

 

今日は、先日、Twitterでも少しお知らせしました、色校会議のことをお伝えしたいと思います。

 

印刷は、府中市美術館の図録は、写真集や美術書などの印刷に定評のある東京印書館さんです。「リアル 最大の奇抜」「へそまがり日本美術」「ふつうの系譜」などでもお世話になりました。

 

印刷の全体を統括してくださるのは、高栁昇さんというPD(プリンティング・ディレクター)さんなのですが、もう、高栁さんが本当にすごいのです。

▲「全体の方向性からいくと、ここはもう少しディテールを出した方がいいように思います」と、こちらが指摘しなかった点にも、気づいてくれる高栁さん。

 

「なんか、こうもうちょっとさらっとした絵で〜」とか「もうちょっときれいなんですよねえ」とか、編集サイドがめちゃくちゃ曖昧な感じで印象を言うと、「なるほど!」とおっしゃり、「山口くん(オペレーションをしてくださる方)、ここHP(エイチピー?よく聞き取れない・・)、マイナス3パー行ってみよう!」とか、私には謎の指示をバンバン、テキパキ出して、あっという間に、こちらが思った通りの写真に仕上げてしまうのです。もうそれは、本当に「マジック」みたいです。

▲犬づくしページ。編集が赤字で入れた指示を、高栁さんが青字で印刷用語に翻訳してくれます。私には全然読めませんが、現場の方たちはちゃんと解読して、どんどん手を動かしていきます。

 

 

▲高栁さんは、いつもダブルのスーツに、ハンカチ、ブローチを欠かさないダンティな装いです。この日は、マスクもおしゃれ。古いネクタイを奥様がマスクに仕立ててくれたのだそうです。素敵すぎます。

 

▲「ここ、赤が●パーセント入ってます」とルーペ でのぞいて、数値化しちゃいます。

 

▲潾二郎の猫。絨毯の赤が実物はワインレッドに近いのですが、写真ではそれが出ていなかったので、調整してもらうことに。「猫はキープ」の高栁さんの指示が、なんだかかわいいです。

 

高栁さんは、森山大道さん、本橋成一さん、石元泰博さんはじめ錚々たる顔ぶれの写真家の方々からの信頼厚い、凄腕PDさんとして有名な方で、初めてお目にかかる時は、実はめちゃくちゃ緊張したのです。でも、1点1点、丁寧にこちらの意見を聞いて、こちらが求めているのはどんなことなのかを粘り強く探ってくださるその姿を目の当たりにして、素晴らしいお仕事をなさる方はすごいなあ、と感激したのでした。百戦錬磨なのに、勘だけに頼らないんですね。勘も抜群にさえてらっしゃるのに。今回も、相変わらずの高栁さんで、図録制作チーム一同、なんだかやる気を倍増させて、帰路につきました。

 

実は高栁さん、先日NHKの「サラメシ」に出演なさったのですが、その時、夢でも色校をしていたエピソードを披露して、「私は24時間ONです!」とお話ししていました。「それ夢じゃん!」って思った方もいらっしゃるかもしれませんが、実際に高栁さんを知っている私からすると、さもありなん、という感じなのです。高栁さんなら、寝てても色校をしているだろうなあ、と。

 

「引退して、印刷のことを考えないで、気楽に美術展や写真展を見るのが夢です」なんておっしゃっていましたが、どうか、引退しないで現場に立ち続けて欲しいものです。

 

というわけで、動物展の図録、今回も100%の自信を持って、皆さんにお届けできる仕上がりになりそうです!お楽しみに!

(図録制作チーム、久保)

開館20周年記念展は、秋の江戸絵画まつり!

現在、春の江戸絵画まつり「与謝蕪村『ぎこちない』を芸術にした画家」展が開催中です。美術館のある公園の桜も見頃を迎え、お花見がてら、蕪村展に足を運んでくださる方も増えているようです。

 

この蕪村展の展示室の出口に、今秋の「動物の絵 日本とヨーロッパ ふしぎ・かわいい・へそまがり」展のポスターを設置しました。「春の江戸絵画まつり」によくお越しくださる方々の中には、「あれ、今年は秋も江戸絵画まつり?」と思われた、鋭い方もいらっしゃるかもしれません。

そうなのです。今年は秋も「江戸絵画」。今度の「動物の絵」展は、「春の江戸絵画まつり」シリーズなしには成り立たない展覧会なのです。今年で17回目を迎えた「春の江戸絵画まつり」シリーズでは、「動物絵画の100年」(2009年)と「動物絵画の250年」(2015年)と、これまでに2度、動物をテーマとした展覧会を開催しました。とくに、動物と人の心の関係にも注目した「動物絵画の250年」展の際に、これほど豊かに動物の絵を生み出した江戸時代は、世界的にもめずらしい動物絵画の宝庫ではないだろうかと思い始めました。これが、日本とヨーロッパの動物絵画を同時に眺める「動物の絵 日本とヨーロッパ ふしぎ・かわいい・へそまがり」展の出発点です。

サブタイトルは「ふしぎ・かわいい・へそまがり」としました。お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、「かわいい」と「へそまがり」は、「かわいい江戸絵画」展(2013年)と「へそまがり日本美術」展(2019年)からとりました。江戸時代にかわいい作品が多く生み出されたこと、あるいは、きれいで立派なもの以外に心ひかれるへそまがりな感性が生んだ作品が日本で古くから愛されてきたこと、どちらも現在まで続く日本美術の大きな特徴です。日本の動物絵画を、ヨーロッパの作品とも比べようとする今回の展覧会にも、こうした視点を取り入れたいと考え、サブタイトルとしました。また、これまでの動物展のどちらでも、人が動物に感じる「神秘」に注目しています。今回もこの視点は欠かせないと考え、「ふしぎ」という言葉も加えました。

そして、この展覧会は府中市美術館の開館20周年展でもあります。春の江戸絵画まつりシリーズと、この20年間、主に秋に開催してきた西洋絵画の展覧会。20年の歩みを振り返るひとつの試みとして、そのふたつがタッグを組んで「動物の絵 日本とヨーロッパ ふしぎ・かわいい・へそまがり」展をお届けしたいと思います。

 

西洋絵画、日本の近代絵画、江戸時代以前の絵画も展示されますが、中心となるのは江戸時代の動物絵画です。「秋の江戸絵画まつり」として、楽しく、そして充実した内容の展覧会を開催できるよう準備を進めています。今後、準備の様子も「動物展日記」で発信していきますので、どうぞお楽しみに!

(府中市美術館、音)

 

敦賀を歩く(2)建築を巡ってみよう

敦賀市立博物館で『「ふつうの系譜」おかえり展』開催も決まりまして、敦賀行きを計画している方も多くいらっしゃると思います。

ということで、敦賀散策ネタ第2弾です。
前回ご紹介したように、敦賀は歴史ある街。散策していると様々な文化財を観ることができます。今回は、建築物で巡る敦賀です。

 

まずは、前回も登場した「敦賀赤レンガ」から。こちらは「旧紐育スタンダード石油会社倉庫」で、北棟、南棟、煉瓦塀がそれぞれ国の登録有形文化財に指定されています。

 

▲敦賀赤レンガ(旧紐育スタンダード石油会社倉庫)

 

1905年に建設された、石油貯蔵用の倉庫。wikipediaによると、外国人による設計で、フィート単位で造られ、オランダ製煉瓦が使用されているとか。

▲こちらが南棟。煉瓦の積み方は「イギリス式」ですね
▲北棟には前回ご紹介した「ジオラマ」があります。社名が確認できます

▲この「塀」も登録有形文化財です

 

▲ジオラマでは往時の姿を観ることができます。このジオラマの楽しさついては、前回の記事をご覧ください

 

敦賀にはもう一つ建築的に重要な「倉庫」があります。赤レンガから徒歩7〜8分の海沿いにあるのが、敦賀倉庫。こちらも国の登録有形文化財。

▲旧敦賀倉庫株式会社新港第1号・第2号・第3号倉庫

こちらは1933年竣工、当時最先端のデザインが採用された鉄筋コンクリート造りです。

▲この端正さ。かっこいいです!
▲奥に見える木造のものは第4号〜第8号倉庫で、戦後に建てられたもの

 

 

 

そして、敦賀が誇る近代建築の文化財といえば、旧大和田銀行本店。そう、現敦賀市立博物館です。2017年に国の重要文化財に指定されました。昭和の銀行建築としては全国初の重文です。

▲敦賀市立博物館(旧大和田銀行本店)

 

1927年竣工。地上3階、地下1階で、地上部は鉄骨煉瓦造り、地下が鉄筋コンクリート造りです。設計は京都大学の一連の施設の建築で知られる永瀬狂三らで、施工は清水組京都支店。銀行としてだけでなく、レストランや公会堂なども置かれた、当時としては珍しい銀行建築です。
威厳と開放感を兼ね備えた、敦賀の街のシンボルだったのでしょう。

 

 

▲青空に映える、凜々しい建物です。

 

 

この建物の魅力は、『ふつうの系譜』展図録でもたっぷりご紹介しておりますので、ディテールはそちらでもぜひご確認ください。

 

 

▲重厚感あふれる玄関

 

▲1階には銀行窓口の名残

▲2階には貴賓室

▲3階は公会堂として使用されていました

▲国産最初期のエレベーターも観ることができます

▲意匠を見て回るのも楽しいです

 

ということで、敦賀市立博物館へ行くなら、赤レンガ、敦賀倉庫との「建築3点セット」をぜひお楽しみください。

 

おまけ。敦賀駅から敦賀市立博物館まで、歩いてみました

 

 

 

▲もう一つおまけ。赤レンガのジオラマにある旧大和田銀行本店。屋上にいる人は誰でしょう?

 

(図録制作チーム、藤枝)

 

 

敦賀を歩く(1) 敦賀で「鉄分」を補給しよう

会期中に無念の閉幕となってしまった『ふつう展』。ワタクシ街歩き担当(?)も写真で参加しておりましたので、本当に残念です。
それでも、作品が敦賀にある限り、お目にかかる機会は必ずやってくるはず。そう信じてます。そして、作品だけでなく、敦賀という街の魅力も皆さまにご案内したいーー。

 

そんな思いで、『へそ展』でもお送りした番外編、「街歩き」ネタを書いてみます。
外出自粛で旅を渇望していらっしゃる皆様のために、路上観察趣味の私が見た敦賀をお届けします。

 

私が敦賀を訪れたのは、図録の編集作業が佳境に差し掛かる前の昨年12月、東京から日帰りという強行軍でした。限られた時間で主題である博物館取材をし、日本海の海の幸を食べて帰らなくてはなりませんでした(←こういうことをしているから時間が足りなくなるのですが)ので、その魅力のごくごく一部にしか触れることができなかったことを、最初にお断りしておきます。

 

そんな短時間でも、敦賀の街にはたくさんの見所がありました。歴史好き、建築好き、路上観察好き……皆様の様々な趣味を満足させてくれると断言できます。

 

ということで、「敦賀を歩く」シリーズ第1回のテーマは、「敦賀で鉄分を補給する」です。そう、敦賀は日本の鉄道史上重要な「鉄道の町」で、散策でも存分に「鉄分」を補給することができます。

 

敦賀を訪れたのは2019年12月19日。北陸日本海側の寒さを覚悟して降り立ちましたが、この日はそれほど寒くなく、散策日和でした。

まずはタクシーで史跡「金ヶ崎城址」にある神社、金崎宮を目指していますと車中から、ガードレールで分断された線路、つまり廃線跡が見えます。

▲現在は使われていない線路

 

タクシーを降り立つと駐車場の隅にひっそりと煉瓦造りの小さな建物があるのに気づきます。国内最古の鉄道建築物のひとつ、「旧敦賀港駅ランプ小屋」です。

▲駐車場の隅にあまりにひっそりあるので、一瞬トイレかと……

 

そう、敦賀の鉄道の歴史は古く、日本の鉄道開通から10年後の1882年には敦賀港駅(当時は金ヶ崎駅)ー洞々口間(仮駅)で鉄道が運行されます。先ほどの廃線跡は旧敦賀港駅を終点とした敦賀港線で、このランプ小屋は敦賀港駅開業当初から残る鉄道遺産というわけです。

ランプ小屋はその名の通り、当時の鉄道に使われていた灯火の燃料を保管する場所。2015年に修復復元が行われ、現在はその内部も含めて公開されています。

 

▲回り込んでみます

 

▲中はこんな感じ。SLのランプが展示されてます。赤は旅客列車、青は貨物のサインです。

 

▲戦後の頃に使われていた灯油用のドラム缶です
▲鉄道開通当時の敦賀

 

敦賀港駅はウラジオストク航路と接続する欧亜国際連絡列車の拠点でした。列車で東京の新橋駅から金ヶ崎(敦賀港)駅まで。そしてそこから海路をウラジオストクへ渡り、シベリア鉄道に乗り継ぐ。大河ドラマ「いだてん」をご記憶の方も多いと思いますが。金栗四三たちもこのルートで、日本人初のオリンピック選手として、日本を出発したのです。
第二次大戦で航路が廃止になったことから、敦賀港線の旅客運輸は休止、1940年以降は貨物専用線(北陸本線貨物支線)となります。その貨物線も2006年に休止となり、その後敦賀港駅はORS(オフレールステーション。トラック輸送でコンテナを扱う貨物駅)となったため、線路は使われなくなったのです。

▲その後2019年に敦賀港線は完全に廃止となりましたが、現在もコンテナ輸送は行われているようです。

 

▲廃線跡としてはまだ「新しい」ので、今にも列車がやってきそうです

 

敦賀の鉄道の歴史については、旧敦賀港駅駅舎を模して造られた「敦賀鉄道資料館」で展示される様々な資料で深く知ることができます。

▲敦賀鉄道資料館。ランプ小屋からは徒歩10分ほどです。

 

 

▲いろいろ面白いものが展示されていますが、中でも古レールの刻印がカーネギー社で胸アツです!

 

そういった敦賀の鉄道史を一通りお勉強したら、ぜひ訪れていただきたいのが、「敦賀赤レンガ倉庫」です。国の登録有形文化財である「旧紐育スタンダード石油会社倉庫」を利用した商業施設ですが、ここにある巨大ジオラマでさらなる鉄分を補給しましょう。鉄道資料館からは徒歩数分です。

 

▲赤レンガ倉庫。国の指定文化財、旧紐育スタンダード石油会社倉庫です。建物についてはあらためて。

 

レストラン&ショップとオープンガーデン、ジオラマ館からなる施設ですがとにかく、このジオラマ館に入ってください。観光施設によくあるジオラマを想像して入館すると、これがすごかったのです。

 

赤レンガ倉庫のwebサイトに制作過程が公開されていますが、いろいろと執念を感じる、いつまで眺めていても飽きないジオラマです。

 

昭和20年当時の復元地図をもとに、敦賀の街並み1/80スケールで制作されており、ここで敦賀の鉄道が俯瞰できるのです。

 

▲福井方向から敦賀駅を眺めます

 

▲敦賀駅の敦賀第一機関区(現在は休止)と転車台
▲奥にある船のあたりが敦賀港駅

 

そしてこの鉄道模型、ただ動くだけでなく、マスコンを使って運転することができます。しかも、新疋田ー敦賀間に実際ある「ループ線」区間です。

 

▲ループ線を疾走するキハ52

 

 

鉄道が急勾配を克服するために造られるループ線。新疋田ー敦賀間のループ線は多くがトンネル区間のため「姿なきループ線」として知られています。敦賀から新疋田へ向かう際、敦賀を背にして進んでいたはずが、トンネルを出ると再び敦賀の街が見える……という不思議な体験をする、アレです。

 

▲文章だけではわかりにくいという方のために。これがループ線です。ループすることによって、非力な動力車でも上れるよう10パーミルの勾配になっています。この区間を2つのトンネルがほとんどを占めていて、第2衣掛トンネルを抜けて第1衣掛トンネルに入るまでの一瞬、敦賀の街並みが見えるというわけです。(川島令三編著『図説日本の鉄道 中部ライン 第5巻』講談社刊より)

 

このジオラマでは、キハ52の模型でこのループ線運転を体験できるのです。

 

▲運転は緊張しますね

 

とにかくこのジオラマ、規模といい、細部への作り込みといい、そして模型を動かせたりと、時間を忘れて楽しめます。

▲赤レンガ倉庫の脇にはキハ28-3019気動車(希少車両!)が保存展示されていますので、お見逃しなく!

 

ランプ小屋をスタートして、敦賀鉄道資料館、赤レンガ倉庫と散策には1時間ほどでしょうか。「鉄道の町」敦賀をコンパクトに堪能できる散策コース、オススメです。

 

(図録制作チーム、藤枝)

 

「ふつう展」の開幕と閉幕、これからのこと

ふつうの系譜展、本来ならば、今頃は二カ月間でたくさんの方々に、敦賀市立博物館の素晴らしいコレクションを見ていただけたことの感慨に浸っていた頃かもしれません。

ところが、今回、途中で閉幕という想像もしなかった事態が起こりました。前期、後期ほぼ全点入れ替えの予定が、前期の途中で閉幕となったため、全作品をお披露目することは叶いませんでした。担当の金子学芸員に、開幕から今までのこと、そして今後について話を聞きました。

 

──企画して、準備して、ようやく開幕に漕ぎ着けた展覧会、途中で閉幕となってしまって、本当に無念ですね。

今思えば、開幕できたことがしあわせだったと感じています。17日間のことでしたが、三千人を超えるお客様に来ていただけました。その間にグッズや図録もたくさんお買い上げいただきました。展覧会というのは何度担当しても、実際に開いてみるまで不安なものですが、今回も、「ふつう展、楽しかった」という感想を、アンケートやSNSでたくさんいただけて、ほっとしました。

▲仮フランス装の図録、印刷も本当にきれいな自信作です。

 

▲応挙の子犬をあしらった箱入りの豆菓子が大好評でした。

 

──前期の途中で休館となり、後期を一日も開館することができませんでした。

本当に残念です。各地で美術館が休館となっていく中で、感染症対策をしつつ開館していた際には、「府中市美術館、がんばれ」という励ましのお電話があり、電話を受けた職員も、その話を聞いた者も、みんなすごく喜んでいました。SNSでもたくさんの応援をいただき、ありがたいと思いましたが、途中閉幕はやむを得なかったです。

▲後期展示の様子。

 

──会期延長という選択肢はなかったのですか?

そのようなご要望もいただきました。どうするべきか、館内でも真剣に意見を出し合い、色々な意見が出されました。しかし、結局のところ、果たしていつまで延長すれば再び開館することができるのか、その見通しが立たなかったのです。「楽しみにしていた」という声を寄せてくださる方々もたくさんいらっしゃって、多くの方が「見たかったのに」と感じてくださったと思うと、本当に残念です。館内も、「悔しい」という空気でいっぱいです。

 

──話は変わりますが、「ふつうの系譜」というタイトルについて、どんな反応がありましたか?

みなさん、聞いた瞬間、にこやかになってくださるので、いいタイトルを選んだなと思っています。敦賀コレクションの素晴らしさを、どうしたら多くの方にお伝えできるのか──ということを考えて考えて、たどり着いたタイトルですから、好評で嬉しいです。

 

──美術ファンの皆さんにとっては、辻惟雄さんの『奇想の系譜』をすぐに思い起こさせるタイトルですよね。昨年は展覧会もあって話題になりましたし。

「ふつうの系譜」というタイトル案は、スタッフから出たのですが、敦賀コレクションを表すのに言い得て妙だと思ったのと同時に、美術の世界で使うには引っかかりがあるこの言葉を、あえて使ってみたいとも考えたんです。そして、『奇想の系譜』にひっかけたのと同時に、「美術はきれいが当たり前」という、敦賀コレクションの最大の魅力をストレートに伝える意味を「ふつう」という言葉に込めました。ですから、広報でもそのことを前面に出してきました。

▲展覧会の冒頭は、「奇想」の画家の作品が並びます。写真は後期展示の様子。

 

──『奇想の系譜』を知らないお客様もたくさんいらっしゃいますしね。

もちろんそうです。一人でも多くの方々に楽しんでいただけるように、ということは展覧会を企画する際に常に頭にあります。その結果、たとえ『奇想の系譜』を知らなくても、「そうだよな、アートといっても気持ち悪いものとか、ぎょっとするものもあるけど、きれいは普通だよな」と思っていただけたようです。また、当時はそれが「ふつう」でも、今見ると、実はかなり個性的と言えるようなものがたくさんある、などと、それぞれの方が感じたり考えたりしてくださったようです。これはとてもうれしいです。

 

──何よりも、「ふつうの系譜」展も、「春の江戸絵画まつり」の一つですしね。

そうなんです。「春の江戸絵画まつり」では、江戸絵画のいろいろな魅力や私たちにとっての価値を、いろいろな角度から眺めてみよう、そうして、それまで気づかなかった楽しさや魅力を見つけていこうとしています。わかりやすい内容もあれば、少し変わった内容の展覧会もあるし、華やかなものもあれば、地味なものもありますが、当館としては、そうやって、毎年来てくださる多くのお客さまと一緒に、江戸絵画のいろいろな楽しみ方を探していこう、楽しみ方の幅を広げていこう、という気持ちで開催しています。時には少し変わったテーマ、ややマニアックに思えるようなテーマがあってもいいとも思いますし、そこからまた、さらに興味を持っていただけたら、と考えています。莫大な利益を目的としない、公立美術館が自前の予算で開催する展覧会だからこそできるのかもしれません。

 

──それにしても、「ふつう展」はこのまま終わり、では何とも寂しいです。

展覧会は、テーマを考えて、作品をリストアップして、どんなところに興味を持っていただけるか、どんなイメージで広報するかを考え、宣伝物を製作したり、PRにつとめたり、そしてかなり手間をかけて図録を作って、会場を考え、作品を並べる……という一連の作業です。それは言うまでもなく、多くの方々に楽しんでいただくためです。今回、その最終目的が、十分には達成できませんでした。会場に展示はしたものの、一度もお客様に見ていただけなかった作品のことを思うと、作品もかわいそうでなりません。

 

──いつか、もう一度皆さんに「ふつう展」をご覧いただける機会があるといいですね。

本当にそう思います。幸いふつう展の場合は、いろいろな所から作品をお借りしてくる展覧会とは違い、敦賀コレクションが主ですから、これで終わりと決めつけなくてもよいのではないでしょうか。「ふつうの系譜」展は、まだ完結していないと思っています。

 

──今後の展覧会のことも心配です。

新型コロナウイルスの流行を経験し、これからは展覧会のあり方が変わるだろう、とか、新しいアートとの付き合い方が生まれるだろう、と、もうおっしゃっている方もいて驚かされます。でも、今までのような展覧会がちゃんとまた開けるように、原状回復を目指すべきではないかと思います。実物の作品が目の前になければ成り立たない美術の楽しみ方もあるわけですから。インターネットがいくら便利になっても、インターネットの世界と現実は違いますよね。秋には当館20周年記念の「動物の絵 日本とヨーロッパ」展も控えていますし、なんとか、皆さんにいい形で作品を見ていただけるように、色々な手立てを考えていきたいと思っています。

 

3月からこの方、楽しみにしていた展覧会が行く前に休館、そのまま閉幕……なんていうことばかりで、美術ファンの方々は本当に残念な気持ちでいらっしゃることと思います。今回、金子学芸員へのインタビューでは、お話の最後に、今年の秋開催予定の「動物の絵 日本とヨーロッパ」展に向けた希望のあるお話も伺えました。今後も注目していきたいと思いますので、皆さんも楽しみになさっていてください!

(図録編集チーム、久保)

 

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