はじめまして。敦賀市立博物館館長補佐(学芸員)の髙早です。
加藤学芸員に続いてお邪魔いたします。今回は美術を専門としない学芸員の「ふつう」話です。
個人的な話から始まって恐縮ですが、20世紀の終わりごろのことです。筆者は敦賀市立博物館の新米学芸員となって日本画、敦賀コレクションに出会いました。それまで特に日本画を観賞するのだと言う意識をもって美術館博物館を訪れたことはありませんでした(西アジア方面の展示が好きでした)。まっさらな状態で始まった日本画との付き合い、それでも時を置かず、自然の美しさを沁み入る様に写し再現する様を始め、きれいな色や細やかな筆遣いの見事さ、物理的な厚みはないはずなのに感じる鮮やかさや深み、独特の余白を効かせた構図など面白く感じるようになりました。
▲長沢蘆雪《雪中鴛鴦図》(敦賀市立博物館所蔵)前期展示
痛いくらいの冷たい雪、寄り添うオシドリ、一輪だけ添えられた赤い椿。きゅぅぅんってなりませんか。
そんな絵の中の一つにウズラがいました。土佐光起の「菊に鶉図」(後期展示)の、菊の根元に繊細に描かれた、茶色くて白や濃茶のまだらがある羽の鳥です。まあるくて小顔の鳥です。衝撃の出会いと言って良いでしょう。
▲土佐光起《菊鶉図》(敦賀市立博物館所蔵) 後期展示
ウズラってこんな鳥なんですって。知ってました?
あれ、鶉ってあのウズラの卵のウズラ(※)? こんな鳥なの? 鶏の小さいのじゃないの?(当たり前です) 自分はそれまでの人生で、ウズラという鳥の姿を一度でも思い浮かべてウズラの卵を食べたことがあっただろうか。いやない。 (※品種は異なるようです。)
ウズラの卵はお好きでしょうか? 前世紀のあの頃は八宝菜の一皿に一個か二個、秘密のご褒美のようにしかお目にかかることもなかったように思うのです。ざるそばの薬味について来ると今でもちょっとわくわくするのはそうした経験ゆえでしょうが、昨今ではレシピサイトなどを検索すると多彩なメニューで楽しまれているようですね。なんにせよ若かりし頃は、少し特別感のある、ただ小さい卵、という認識でいただいていたように思います。
今にして思えば何も知らない、知らないことに気が付きもしない若造だったのです。とても怖い話ですね。
鶉の絵が好まれた理由や、土佐派の鶉が人気であったことなどは、展示図録に詳しく解説されています。かわいいだけではない情報量、なるほどそうだったのかと思うばかりです。
ウズラのみならず、敦賀コレクションとの出会いを通し、学んだことは少なくありません。とりどりの花や愛らしい鳥の姿、名前。繰り返し絵画化されている風景。古くからの風習や歴史、古典文学の一節。知識として知るだけでなく、それまでは特に意識せずにいた伝統的な自然観や移り変わる季節の捉え方なども、すとんと腑に落ちるように認識できるようになった気がしています。それはその後民俗調査などに多く携わり、自身の専門分野として取り組んでいくこととなった際にも肌感覚として役に立ったと感じています。
ふつう、とはそういう事でもあるのだと思います。
▲狩野探幽《業平東下図》(敦賀市立博物館所蔵)
みんな東下りが大好き…。
▲中島来章《五節句図》(敦賀市立博物館所蔵)
重陽の節句(9月9日))の菊の被せ綿ってとても可愛らしくてなにこれってなりました。
▲原在中《春秋山水図屏風》(敦賀市立博物館所蔵)
春と秋を描いた一対の作品は、どの季節に飾るためのものなのか、ずっと考えています。
本作の秋の図は紅葉は控えめに、景色の奥深くまで広がる黄金の稲穂が描かれ、春の海と相俟って穏やかな季節の巡りと豊かな恵みへの祈りが込められていると感じます。
今回の「ふつう」展、お客様はどんな「ふつう」と出会われることになるのでしょうか。付き合いだけは長い敦賀コレクションが多くのお客様にとってわくわくする「ふつう」であることを想い、私もわくわくしている次第です。
(敦賀市立博物館 高早恵美)