「ふつう展」日記

ひとつの展覧会の裏側には、展覧会を訪れただけでは見えない、さまざまなプロセスと試行錯誤があります。「ふつう展」日記は、「ふつうの系譜 「奇想」があるなら「ふつう」もあります 京の絵画と敦賀コレクション」展、略して「ふつう展」に関わるスタッフが、折々に皆さんにお伝えしたいことを発信するブログです。


家光の動物画、どこがいいの?③

ー家光の作品、絵そのものだけでなく、表具もすごく気になります。

金子 そうですよね。葵の御紋入りの裂を使った表具が多いので、ついついそこに目がいってしまいますよね。

▲徳川家光《竹に小禽図》個人蔵/いろんな種類の葵の御紋の裂が用いられています。

 

ー表具は家光自らが選んだものではないんですよね?

金子 確かなことはわかっていませんが、おそらく、今に伝わる家光作品には、表具のついていない「まくり」の状態で大名に下賜されたものが多いでしょう。

 

ーそれで、もらった方が掛軸にする。

金子 例えば、大正9年(1916)刊行の図録に掲載されている木兎の絵があるのですが(注:本展出品作ではありません)、その裏書きには、家光からその絵を拝領した館林藩主・老中の松平乗寿(のりなが)がたいそう喜び、早速、表装して「幕下」、つまり将軍に仕える者たちに見せることにした、というようなことが書かれています。

 

ーなるほど、下賜された側が表装していますね。葵御紋入りの表具が多いのは、そういう決まりだったのですか?

金子 どうなんでしょうね。その辺りのことは全く研究がされていないので、わからないことだらけです。どこで作られていたのか、どんなところで表装したのか……。それにしても、こうして見てみると、表具のデザインパターンもいろいろですよね。中廻し全体に葵の御紋がびっしり入った《鳳凰図》から、上下だけに葵も御紋の入った《鶏図》まで。家綱の《枯木うそ図》のようにとびきり大きな葵の御紋入りもある。

▲徳川家光《鳳凰図》德川記念財団蔵/絵のぐるりを葵の御紋が囲みます。

 

 

▲徳川家綱《枯木うそ鳥図》個人蔵/特大の葵の御紋入り。

 

ーすごい圧ですよね。現代人の私ですらそうなのですから、江戸時代の人がこれを見たら……と想像すると面白いですね。

金子 葵御紋入りの裂なんて、当然のことながら勝手に織ることはできなかったはずなので、幕府が何らかの許可を与えたりしていたのだと思いますが、実態はわかっていません。

 

ーわからないといえば、そもそも、家光の作品にはサインのようなもの、ありませんよね。どうしてそれで家光の作品だとわかるのですか?

金子 はい、ありません。例えば、今回出品されている《枯木梟図》は徳川家ゆかりの久能山東照宮の宝物ですが、かつては幕臣の家で大切にされ、明治時代に奉納されたものです。また、今回出品されている作品の中にも、今なお大名家のご子孫が家宝とされているものがあります。そうしたしっかりした伝来を持つ作品を比べていけば、たとえサインがあるものが一つもなくても、これが家光の描き方だろう、という特徴がおおよそ見えてきます。また、先にお話ししたように、作品の中には、沢庵宗彭が賛を着けたものがいくつかありますが、それが間違いなく沢庵の書であれば、絵も家光のものと判断できるでしょう。

▲徳川家光《枯木梟図》久能山東照宮博物館蔵

 

ーつまり、もしかして全ての作品が「伝・家光」ということですか?

金子 それは極論かもしれませんが、考え方によってはそうかもしれません。ただ、サインの代わりといってはなんですが、「伝来」という、きわめて大事な判断材料があるわけです。また、表具や用紙など、色々なものから考えることができます。もし現代人が、単にサインがないというだけで「伝・家光」と処理をしてしまったら、どうなるでしょうか? 作品の一つ一つは、長い間、「家光自ら描いた大切な絵」という歴史をまとっているわけですが、作品一つ一つからそれを剥ぎ取ってしまうようなものでしょう。また、家光の描き手としての姿は、未来永劫、謎に包まれたままということになりかねません。

 

ー表具は、真筆かどうかの判断材料にもなるわけですね。

金子 プロっぽくない、一見拙いような絵に立派な表具が付いていれば、それなりに高い地位にあった人物が描いた絵かもしれない、と思います。そこに葵の御紋が入っていれば、徳川ゆかりの人物であった可能性が高くなるというわけです。そこに、伝来や描き方の共通点などを見つつ、判断しています。

▲徳川家光《竹に雀図》個人蔵/昨年、テレビ信州の情報番組で「発見」された作品。金子学芸員が長野まで足を運んで実見して、家光の真筆であることを確認しました。*前期展示(10/24まで)のため、現在は展示されていません。

 

ーところで、家光の絵、2019年に府中市美術館で開催された「へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで」で初めて知りましたが、それ以前の評価はどうだったのでしょうか。

金子 へそ展で初めて家光の絵を見て、その世界に魅了された方はたくさんいらしたようです。今回の動物展で初めてご覧になった方も多いようで、展覧会企画者としては、嬉しい声が届いています。へそ展以前、将軍や大名が描いた絵は、歴史分野の展覧会ではよく取り上げられるものの、美術としての注目度は今ひとつでした。でも、実は、かつてはちゃんと注目されていたんです。

 

ー江戸時代ですね。

金子 そうです。江戸時代の終わりの画人伝『古画備考』には、木兎の絵の略図入りで家光が紹介されていますし、明治21年(1888)の『扶桑画人伝』では、家光と家綱が「奇画」と評されています。二人の他に「奇画」とされたのは、曽我蕭白、岩佐又兵衛ら4人だけです。いかに、家光と家綱が画家として評価されていたかがわかるでしょう。

 

ー家光の絵は、あの将軍・家光が描いたと思うから、面白いんでしょうか?

金子 「純粋に美術的に見たとき、家光の絵はどうなのか?」という質問をよく受けます。「純粋に」というのはつまり、これが家光という将軍が描いたものでないとして、という意味だと思いますが、これらの絵が家光の手によるものだと知ってしまっている私たちは、もはや「純粋に美術的に」見ることはできず、作品を家光と切り離すことはできません。けれども、展覧会にいらっしゃるお客様たちの反応を見ていると、家光の絵には他の絵にはない魅力があるようです。そこにはもちろん、将軍という地位にあった人が、ヘタウマとも言えるような絵を描いたというギャップの面白さもあると思いますが、それだけではないようです。家光の絵に、心の底からかわらしさや得体の知れない怪しさを感じているのです。

 

ー確かに、家光の絵には、とにかく特別な魅力がありますよね。

金子 これだけ自由なアートの表現がある現代にあっても、やはり現代のアートは現代のアートとしての雰囲気を持っています。家光の絵からは、どんな作家にもない飛び抜けたものが感じられるようです。「ありのままでよいのだ」という泰然とした空気を、多くの人が感じ取っているのだと思います。まったく与り知らない世界から突如私たちの目の前に現れて、激しく心を揺さぶるもの、それが家光の絵の魅力かもしれませんね。

▲徳川家光《木兎図》個人蔵/「奇画」という言葉がしっくりする、風変わりな表情です。

 

ー金子先生も家光の絵が好きですか?

金子 はい、大好きです。本当にいいですよね、家光の絵。何より、私にとっては、「美術とは何か」という根本的な問題を考えるきっかけになりました。

(図録編集チーム、久保)

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