「ふつう展」日記

ひとつの展覧会の裏側には、展覧会を訪れただけでは見えない、さまざまなプロセスと試行錯誤があります。「ふつう展」日記は、「ふつうの系譜 「奇想」があるなら「ふつう」もあります 京の絵画と敦賀コレクション」展、略して「ふつう展」に関わるスタッフが、折々に皆さんにお伝えしたいことを発信するブログです。


ふつう画から学ぶ ~タマゴが先か、ウズラが先か。~

はじめまして。敦賀市立博物館館長補佐(学芸員)の髙早です。
加藤学芸員に続いてお邪魔いたします。今回は美術を専門としない学芸員の「ふつう」話です。

 

個人的な話から始まって恐縮ですが、20世紀の終わりごろのことです。筆者は敦賀市立博物館の新米学芸員となって日本画、敦賀コレクションに出会いました。それまで特に日本画を観賞するのだと言う意識をもって美術館博物館を訪れたことはありませんでした(西アジア方面の展示が好きでした)。まっさらな状態で始まった日本画との付き合い、それでも時を置かず、自然の美しさを沁み入る様に写し再現する様を始め、きれいな色や細やかな筆遣いの見事さ、物理的な厚みはないはずなのに感じる鮮やかさや深み、独特の余白を効かせた構図など面白く感じるようになりました。

      

▲長沢蘆雪《雪中鴛鴦図》(敦賀市立博物館所蔵)前期展示
痛いくらいの冷たい雪、寄り添うオシドリ、一輪だけ添えられた赤い椿。きゅぅぅんってなりませんか。

 

そんな絵の中の一つにウズラがいました。土佐光起の「菊に鶉図」(後期展示)の、菊の根元に繊細に描かれた、茶色くて白や濃茶のまだらがある羽の鳥です。まあるくて小顔の鳥です。衝撃の出会いと言って良いでしょう。

     

▲土佐光起《菊鶉図》(敦賀市立博物館所蔵) 後期展示
ウズラってこんな鳥なんですって。知ってました?

 

あれ、鶉ってあのウズラの卵のウズラ(※)? こんな鳥なの? 鶏の小さいのじゃないの?(当たり前です) 自分はそれまでの人生で、ウズラという鳥の姿を一度でも思い浮かべてウズラの卵を食べたことがあっただろうか。いやない。 (※品種は異なるようです。)

 

ウズラの卵はお好きでしょうか? 前世紀のあの頃は八宝菜の一皿に一個か二個、秘密のご褒美のようにしかお目にかかることもなかったように思うのです。ざるそばの薬味について来ると今でもちょっとわくわくするのはそうした経験ゆえでしょうが、昨今ではレシピサイトなどを検索すると多彩なメニューで楽しまれているようですね。なんにせよ若かりし頃は、少し特別感のある、ただ小さい卵、という認識でいただいていたように思います。

 

今にして思えば何も知らない、知らないことに気が付きもしない若造だったのです。とても怖い話ですね。

鶉の絵が好まれた理由や、土佐派の鶉が人気であったことなどは、展示図録に詳しく解説されています。かわいいだけではない情報量、なるほどそうだったのかと思うばかりです。

 

ウズラのみならず、敦賀コレクションとの出会いを通し、学んだことは少なくありません。とりどりの花や愛らしい鳥の姿、名前。繰り返し絵画化されている風景。古くからの風習や歴史、古典文学の一節。知識として知るだけでなく、それまでは特に意識せずにいた伝統的な自然観や移り変わる季節の捉え方なども、すとんと腑に落ちるように認識できるようになった気がしています。それはその後民俗調査などに多く携わり、自身の専門分野として取り組んでいくこととなった際にも肌感覚として役に立ったと感じています。

ふつう、とはそういう事でもあるのだと思います。

 

▲狩野探幽《業平東下図》(敦賀市立博物館所蔵)
みんな東下りが大好き…。

 

 

▲中島来章《五節句図》(敦賀市立博物館所蔵)
重陽の節句(9月9日))の菊の被せ綿ってとても可愛らしくてなにこれってなりました。

 

 

▲原在中《春秋山水図屏風》(敦賀市立博物館所蔵)
春と秋を描いた一対の作品は、どの季節に飾るためのものなのか、ずっと考えています。
本作の秋の図は紅葉は控えめに、景色の奥深くまで広がる黄金の稲穂が描かれ、春の海と相俟って穏やかな季節の巡りと豊かな恵みへの祈りが込められていると感じます。

 

 

 今回の「ふつう」展、お客様はどんな「ふつう」と出会われることになるのでしょうか。付き合いだけは長い敦賀コレクションが多くのお客様にとってわくわくする「ふつう」であることを想い、私もわくわくしている次第です。

(敦賀市立博物館 高早恵美)

 

 

「美術品輸送」というお仕事のこと、聞きました!(後編)

 

「美術品輸送」という部門があるのをご存知でしょうか? 美術展の開催には欠かせない、そのお仕事について、今回、「ふつうの系譜」展を担当してくださったヤマト運輸の方々にお伺いいたしました(画面を下にスクロールでインタビュー前編、ご覧いただけます)。

▲ふつうの系譜展会場で、お話を聞かせてくださったヤマト運輸の方々。左から森内翔澄さん、藤原大さん、三宅璃咲さん。

 

ー展覧会の作品の梱包から輸送、展示、撤収と展覧会にまつわる幅広いお仕事をなさっておられますが、事前に、今回はこれこれこういう作品を展示するのだと、全部わかっているものなんですか?

 

森内翔澄さん(ヤマト運輸/以下、森内) 基本的にはわかっています。

 

ーじゃあ、細かな作品リストのようなものが提出されるわけですね。絵柄なども含めて、どんな作品かわかっている。

 

金子信久(府中市美術館/以下、金子) いやあ、耳が痛いです(笑)。

 

ー展覧会直前は皆さんお忙しいから、予定通りに進めるのは大変そうですね。たとえば、今回のふつう展で言えば、全体を統括なさっているのは、どなたなんですか?

 

三宅璃咲さん(ヤマト運輸/以下、三宅) 私です。営業として府中市美術館さんを担当させていただいています。

 

音ゆみ子(府中市美術館/以下、音) 営業さんは、現場での作業もなさるので、本当にお忙しいんです。ですから、三宅さんから、書類などの催促があったりして、こちらから折り返し連絡をすると、「三宅は現場です」となったりするんです。

 

金子 他の現場の作業に出ながら、頭の中では「府中からリストが来ないよ」、となっているわけです。

 

ーいくら学芸員が忙しくても、美術品輸送のご担当としては、事前にどうしても知っておかねばならないことがあるんですね。

 

森内 そうなんです。輸送・梱包するにあたって重要な、サイズや形状について詳細に教えていただきます。そのほか、箱の有り無しや作品の状態において気をつけるべき点など、こちらが対応すべきポイントについて、事前に情報提供していただくようにしています。

 

ー梱包とおっしゃいましたが、これは包むの困ったなあ、みたいのありますか?

 

藤原大さん(ヤマト運輸/以下、藤原) 包むの困ったなあ、というのは……ああ、飴細工というのがありましたね。

 

ー飴細工!? 飴細工を美術品として運んだ、ということですか?

 

藤原 はい。あるイベントで、飴細工を美術品として運んでほしいといわれたんです。

 

ー大きいものですか?

 

藤原 かなり大きかったですね。そうですねえ、ちょっとしたクリスマスツリーみたいな大きさをイメージしていただければいいかと。

 

ーそれは、確かに包むのも運ぶのも難しそうですね。

 

藤原 一生懸命作ったパティシエさんご本人は、「壊れてもいいから」とおっしゃるんですが、壊しちゃまずいのでがんばりました(笑)。

 

ーそれで、どのように包んだんですか?

 

藤原 クリスマスツリーの土台に当たる部分だけ箱を作って、そこに固定して載せました。あとは、弊社でよく使う紙紐があるんですが、それで危ないと思われるところを全部縛って、輸送しました。

 

ー仏像みたいに。

 

藤原 そうですね。

 

ー飴に紙がくっついちゃいませんか?

 

藤原 飴細工を支えている針金の部分があって、そこをピンポイントで狙って縛るんです。

 

ーなるほど。展示についてお伺いします。この展示は面白かった、というようなものはありますか?

 

藤原 現代アートの展覧会などは、作家さんと一緒に作り上げていくので、まるで文化祭をやっているような、和気あいあいとした雰囲気もあって、とても面白いですね。それと、自分の知らない作品に出会えた時は、面白いと感じます。府中市美術館さんでは、自分が今まで知らなかったかわいらしい作品が出てきたりすることも多くて、展示していて面白いなあと思いますね。

 

ーそれは嬉しいですね。普段から美術はお好きなんですね。

 

藤原 仕事で携わっているので、見る機会は多いです。

 

音 逆に私は、藤原さんからこの展示が面白いよ、と教わることもあるんですよ。実際に、展示をなさった藤原さんがおっしゃるなら間違いないと思って、行くようにしています。

 

ーそれにしても、展示の様子を拝見していますと、作業現場の整理整頓がすごーくお上手です。普段から整理整頓はお得意なんですよね。

 

藤原 それを言われると……。会社のロッカーや自分の棚は、人には見せられない状態のこともあります(笑)。

 

ーなんと! それは、逆にすごいですね。仕事のスイッチが入ると、整理整頓ができちゃうわけですね。

 

藤原 作品がケースに入る前は、余計なものにひっかけて壊してしまったり、ということも考えられるので、そういったリスクをなくすために、整理整頓は非常に重要です。ですから、現場では、整理整頓をするように常に心がけているんです。

ー掛軸を掛けたり、屛風を開いたり、素人としては単純に、「楽しそうだなー」と思いますが、いかがですか?

 

藤原 そうですね、作品を開ける時、「どういうのが出てくるのかな」という楽しみは、やはり、ありますね。

 

ー今回の展示の中で、印象に残った作品はありますか?

 

藤原 正直に申し上げますと、作業の間は仕事に集中してしまうので、美術作品をじっくり「鑑賞する」ということはないんです。

 

ーお仕事中は気が張ってらして、楽しく作品鑑賞、というわけにはいかないものなんですね。

 

藤原 気を引き締めているよう、心掛けています。事故をなくすには緊張感を持っていることが大事ですから。

 

音 輸送・展示をしてくださった皆さんが、開幕後に「展示の時にちゃんと見られなかったから」と、展覧会に来てくださったりすると、すごく嬉しいです。

 

藤原 今回の展示も、後ほど、改めてゆっくり拝見するのを楽しみにしています。

 

掛軸や屛風といった日本美術の作品から、ダミアン・ハーストのような現代美術、さらには飴細工まで!! 実に多様な作品を梱包して、輸送して、展示して、さらに撤収して、ご返却するという、美術品輸送にまつわる一連のお仕事をなさっている方々──それぞれに、お仕事に対する熱い使命感と情熱を持っておられ、とても素敵でした!

 

展示作業中のお忙しい合間を縫って、インタビューに応じてくださった皆さん、どうもありがとうございました!

(図録編集チーム、久保)

うっとり!草花いっぱいの屏風

美術館の目の前の公園の桜が、満開を迎えようとしています。そこで今日は、桜とともに楽しんでいただきたい、草花いっぱいの作品をご紹介します。

 

金箔の地に四季の草花が華やかに散りばめられ、展示室のなかでも一際目立つ屏風。土佐光孚(とさ・みつざね)の《花丸文様屏風》です。

 

遠くから見ても豪華で、空間を一瞬にして華やがせる力に圧倒されますが、近づいて見ると花々や草木の生命感あふれる描写にさらに引き込まれます。

 

円を描くように草花を構成した「花丸文様」は、日本伝統の文様のひとつで、着物などにもよく用いられます。「文様」としての美しさを追求するために、植物は図案化され、定型的な表現であることがほとんどです。

 

しかし、この屏風の花丸文様を構成する草花は、実に生き生きとしていて、種類が特定できるくらいリアルに描れています。そこが、この作品の大きな魅力です。「これは桜。こっちは朝顔。菊に、露草も……」「この花はなんだろう?」などと、それぞれの花を目で追っていくうちに、すっかり夢中になってしまうのです。

 

では、いくつかの図柄をご覧いただきましょう。

 

まずは桜。 白い花びらの先が薄く色づいた花と、赤っぽい葉。ヤマザクラでしょうか?

 

たくさんの草花のなかでも一際目を引く大輪の牡丹は、ゴージャスの一言。

 

可憐な都忘れ。花びらの描写がとても繊細です。

 

紅白の椿。このままアクセサリーにしたいかわいらしさ!モダンです。

 

水仙。実物の水仙は、しゅっと直線的な葉が印象的ですが、円を形作るために、ぐにゃっと思いきり曲げられています。

 

真っ赤な葉の葉鶏頭(はげいとう)。エキゾチックな植物というイメージですが、江戸時代初期には日本に渡ってきていたそうです。

 

紫陽花。かなり図案化して描かれているのに、すぐに紫陽花だと分かります。模様としても素敵ですね。

 

河骨(こうほね)は、スイレン科に属する浮葉植物。葉の形も特徴をよく捉えています。

 

この地味さが、色とりどりの草花の中ではかえって目立つ稲。潔くシャープな線がかっこいいです。

 

なんと猛毒で知られる鳥兜(とりかぶと)の花も!

 

かなり無理矢理に丸にされているのは、竹。

 

柘榴。実だけでなく、赤い花も描かれています。

 

さて、丁寧な描写で造形化の工夫が凝らされた草花は、どれも見応えたっぷりで、思わず見入ってしまいます。さらに、屏風全体を見渡すと、花丸文様の配置が絶妙で、色や形のバランスも見事な、デザイン性の高い構図になっていることに気づきます。つまり、この屏風は、じっくりと見て楽しむ「絵」としても、室内を豊かに彩るインテリアのひとつとしても、実に完成度の高いものなのです。

 

「ふつうの系譜」のど真ん中、土佐派という日本絵画の正統派の作品。「日本的」なのは当然といえば当然なのですが、西洋美術史を専門とする私にとっては、この「絵としても、部屋の飾りとしても楽しめる作品」というところが、とりわけ「日本的」だと映ります。というのは、ヨーロッパでは「絵画」とインテリアなどの「工芸品」は全くの別物、という考え方が長くあったからです。それぞれ住み分けをするのが当たり前で、絵画としてもインテリアとしても優れている作品などあり得なかったのです。だから例えば、もし19世紀のヨーロッパの人々がこの屏風を見たら、きっと心の底から驚き、衝撃を受け、その斬新さに私たち以上に魅了されるかもしれません。

 

そんなことを考えると、美術の「ふつう」ってなんだろう?という疑問がふと頭をよぎりますが、実際に作品を目の前にすると、難しいことは後にして、まずはこの美しい世界を楽しもう!という気持ちが、勝ってしまいます。それほど見事な屏風なのです。ぜひとも会場で実物をたっぷりとご堪能いただき、美の世界に浸っていただきたいです。

 

(府中市美術館学芸員、音)

敦賀ゆかりの絵師・橋本長兵衛について

はじめまして。敦賀市立博物館学芸員の加藤です。今回「ふつうの系譜」展が再開催されるにあたり、ふつう展日記にお邪魔させてもらえることになりました。

 

 府中の地でしかも再開催という形で、多くの方に再び敦賀コレクションをご覧いただけるなんて、所蔵館としても胸がいっぱいです。

 

 ぜひ、桜咲く春の府中市美術館で、きれいで楽しい敦賀コレクションをご鑑賞ください。

 

さて、ふつう展ブログということですので、前期に展示されている6幅の《仙人図》の作者、橋本長兵衛について少しご紹介しようと思います。

 

▲初代橋本長兵衛《仙人図》 敦賀市指定文化財(敦賀市立博物館所蔵)

 

橋本長兵衛は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけて敦賀で活躍した絵師です。初代から三代まで続きました(《仙人図》の作者は初代です)。

 

 居住地は中橋町(現在の相生町)で、博物館のご近所にあります。

 

中橋町だった通り(博物館から歩いて30秒もかかりません!)

 

橋本長兵衛は鷹を専門に描く鷹絵師として活躍し、長兵衛の描いた鷹画は「長兵衛鷹」「敦賀鷹」と一種のブランドのように評価されていたようです。

 

 長兵衛は、秀でた画力と豊富な鷹の知識によって時の敦賀城主蜂屋頼隆や小浜藩主に重宝され、日光東照宮や徳川将軍家に二代長兵衛の鷹画が献上されています。

 

ふつう展で橋本長兵衛を初めて知った方は、《仙人図》が長兵衛の第一印象になっていて、逆に長兵衛の鷹の絵ってどんなの?と思われるかもしれません。

 

こんな絵です。

 

 

初代橋本長兵衛《架鷹図》 敦賀市指定文化財(敦賀市立博物館所蔵)

 

 

初代橋本長兵衛《架鷹図屏風》 敦賀市指定文化財(敦賀市立博物館所蔵)

 

 どうですか。「同じ作者なの?!」とびっくりされる方もいらっしゃるでしょうか。「架鷹図(かようず)」といって、止まり木(架・ほこ)に繋ぎ緒という紐で繋がれた鷹の絵です。

 

鷹は、階級社会における権威の象徴として権力者に好まれ、江戸時代には徳川将軍家の統治の中で鷹狩が管理されました。幕府と朝廷、諸国大名との間で、鷹や鷹狩で捕らえた獲物の進上、贈答の儀礼が行われていましたが、小浜藩主が東照大権現の御前に二代長兵衛の架鷹図を奉納したように、鷹の絵も大名と将軍間での贈答に用いられたのではと考えられます。

 

初代橋本長兵衛《架鷹図》

 

 仙人図の力の抜けた雰囲気とは対照的に、キリッとした緊張感のある鷹の姿がかっこ良いですね。

 

室町から桃山時代にかけて活躍した曽我派が鷹の絵のスタイルを確立させましたが、長兵衛もその影響を受けています。鷹の整った精悍な姿が印象的ですが、羽の模様は細かい線と墨のぼかしを用いて一つ一つ丁寧に描いています。

 

 一方で水墨作品の《仙人図》では、生き生きとした軽妙な筆遣いが印象的です。いい具合なゆるさの仙人たちがユニークで、見ていて楽しいですね。

 

墨をぼかしたり滲ませたり、濃くしたり薄くしたりと、その表情を上手く使いこなしていて、長兵衛の高い画力が感じられます。

 

▲《仙人図》のうち、琴高図(鯉の目も、琴高の表情もたまりません)

 

 長兵衛の鷹画はいくつか現存していますが、人物画は特に珍しく貴重です。

 

 《仙人図》を見ていると、鷹しか描けないわけじゃないぜ、なんでもこなせるぜ、と作者から言われているような愉快さがあります。

 

 「長兵衛=鷹絵師」「完璧」「威厳」「真面目」のイメージがあった私は、「仙人図」を見た時に、長兵衛の意外な一面を知ったような気がしました。肩書きや代表作以外を知ることで、画家の人物像も深まります。

 

 ふつう展での《仙人図》が長兵衛との初対面だった人は、鷹絵師の長兵衛はどう見えるでしょうか?

 

(敦賀市立博物館 加藤)

「美術品輸送」というお仕事のこと、聞きました!(前編)

展覧会ができるまでのあれこれをお伝えしています、府中市美術館「春の江戸絵画まつり」特設サイト。今回は、「ふつうの系譜」展の作品輸送に携わってくださった、ヤマト運輸の方々に、美術品輸送のお仕事について、色々とお話をうがいました!

▲開幕直前の展示室で、お話を聞かせてくれたヤマト運輸の美術品輸送課の方々。左から森内翔澄さん、藤原大さん、三宅璃咲さん。

 

ー私は図録編集チームの編集者なのですが、「美術品輸送」というお仕事のこと、これまで全然知りませんでした。府中市美術館でのお仕事を拝見していますと、作品を包んで、運んで、展示して……「美術品輸送」という言葉から連想される業務以上に、とても幅広いお仕事なんですね。

 

藤原大さん(ヤマト運輸/以下、藤原) もともとは美術品の輸送業務から始りましたが、美術品は特殊な形状のものも多いので、その輸送にあたっては、作品の安全のために梱包もさせていただくことになりました。それがさらに発展して、輸送・梱包以外にも、作品の展示から撤収まで、展覧会に携わる業務を含めたサービスという形を取らせていただくようになりました。

 

ー藤原さんはこのお仕事に携わって、どれくらいになるのですか?

藤原 この前、25年を超えました。

 

ーヤマトさんのお仕事といえば、一般的には宅急便を思い浮かべる方が多いと思うのですが、藤原さんは、はじめから「美術品輸送」というお仕事があることをご存知で、入社なさったのですか?

 

藤原 僕はアルバイトから入ったのですが、その時の募集で初めて、「美術品輸送」という部門があって、展覧会に関する業務を行なっているということを知りました。当時は、舞台の大道具の仕事をしていたので、展覧会の裏方という仕事に魅力を感じて、応募したんです。

 

ー以来、展覧会の裏方一筋25年、というわけですね。

 

藤原 この仕事の実際がどんなものか、最初はよく知りませんでしたが、やっているうちに美術館・博物館の学芸員の方をはじめ、お客様たちとの繋がりができて楽しくなって、この世界の魅力にハマっていった、という感じですね。

 

ーおふたりは、美術品輸送というお仕事、ご存知でしたか?

 

森内翔澄さん(ヤマト運輸/以下、森内) 私は大学で国際関係を学んでいたので、じつは、通関や国際関係の仕事を志望して入社したんです。けれども、4月1日の辞令の際に出た紙を見たら、「美術品輸送」と書いてあって、驚きました。

 

ー最初から美術品輸送を志望していたわけではなかったんですね。

 

森内 そうなんです。しかも、あとで知ったことですが、美術品輸送はすごく人気のある部署なので、配属後も同期からはどんな面談をしたら、美術品輸送に配属してもらえるのかと聞かれたりして(笑)。そして、楽しく仕事をしているうちに、気付いたら10年が経っていました。

 

金子信久(府中市美術館/以下、金子) 森内さん、外国にもいらっしゃいましたよね?

 

森内 はい、研修生としてオランダに一年いました。その時は美術品輸送部門から離れて、国際宅急便ですとか、引越しとか、そういうお仕事をしていました。

 

ーそして現在、また美術品輸送部門にいらっしゃるのは、改めてご希望を出して、ということですか?

 

森内 はい。美術に戻りたいです、という希望を出して、戻らせていただいたんです。

 

ー三宅さんはどうして、このお仕事に就かれたのですか?

三宅璃さん(ヤマト運輸/以下、三宅) 私は最初から美術品輸送部門に入りたいと希望して、応募したんです。

 

ー学生時代、何か美術に関わるようなことを勉強しておられたのですか?

 

三宅 学芸員の資格の勉強をしていて、できることなら美術に関わる仕事がいいなと思っていたんですが、なかなかなくて。それで、物流業界で何かないかと探していたら、美術品輸送というお仕事があることを知って、志望しました。

 

ー実は、御社では、宅急便よりも前から美術品輸送をやっておられたんですよね。

 

森内 そうなんです。1958年の「インカ帝国文化展」が最初です。

 

ーなんと、60年以上もの歴史ですね。これまでに、様々な美術品を運んでこられたと思いますが、実際に携わられた中で、印象に残っている作品があれば、教えてください。

 

藤原 自分の中でいちばん強烈だったのは、ダミアン・ハーストの作品です。真っ二つになった本物の牛が、ホルマリン漬けにされた作品なんですが、非常に印象に残っています。

 

音ゆみ子(府中市美術館/以下、音) 《母と子、分断されて》という作品ですね。

 

ー大きな作品ですよね、何人ぐらいで運ぶんですか?

 

藤原 ダミアン・ハーストくらいの作家さんになると、運搬専門のスタッフも来日します。それに、我々日本のスタッフと合わせて、全部で8人~10人くらいで作業しました。

 

ー海外の作品も多いと思いますが、向こうの美術品輸送の方との交流、というのもあるんですか?

 

藤原 スタッフが海外から来る場合は、現場でコミュニケーションをとりながら一緒に進めますが、多くの場合は、事前に学芸員の方が海外に調査にいかれますので、我々は、学芸員の方の指示に従って作業をすることになります。

 

ー海外のやり方と日本のやり方、違うなあというようなことはありますか?

 

藤原 僕は海外での展示の経験は少ないのですが、絵画に限って言いますと、海外のすごく大きな作品は特殊な展示の仕方をすることがあるので、日本とはやり方が違うんだな、と思ったことはあります。

 

 

音 海外からクーリエの方がいらっしゃると、皆さんのお仕事にものすごく感動して帰られますよ。すごく丁寧だって。

 

ークーリエとは、海外の輸送担当の方のことですか?

 

音 海外の美術館などから作品をお借りする場合、作品と一緒に所蔵館の方が来日して、日本での展示作業に立ち会うことが多くあります。その方たちのことを、クーリエと言います。

 

ーなるほど。では、そのクーリエさんたちは、どこにそんなに感動なさったんでしょうね?

 

音 全然違うんです! 先日、海外で現地の業者さんの作業を見る機会があって、その時初めて、そうおっしゃったクーリエの方の気持ちがよくわかりました。今回、改めてふつう展でのお仕事を拝見していても思いますが、作品の搬入・搬出ひとつとっても、本当に本当に丁寧です。

 

ーでは、搬入・搬出の際に、どんな点に気をつけておられるのですか?

 

藤原 いろいろありますが、たとえば、段差などで作品に衝撃を与えないことです。エレベーターの乗り降りの際にも、きちんとベニヤ板を敷いて段差を極力なくすなどして、できる限り衝撃を少なくするように気を使つけています。

 

ーそういう点では、美術館・博物館さんなら、搬出・搬入にもある程度の広さもあるので大丈夫そうですが、個人のお宅などでは大変なこともありそうです。

 

藤原 そうですね。たとえば、山の中にあるお寺さんなどで、トラックが入っていけない場合などは、みんなで人力で運んだり、という経験もありますね。

 

ーお寺さんだと、襖絵など大きな作品もあったりするので、さらに大変そうです。

 

藤原 そういったことも含めて、学芸員の方と一緒に事前に作品が展示または保管されている場所に行くことも大切です。そもそも動かすこと自体が、作品にとってはリスクになるので、そのリスクを軽減させる方法はないか、というのを下見の時に考えさせてもらうようにしています。

 

ー下見をなさることは多いんですか?

 

藤原 学芸員の方が調査に行かれた際に撮影した写真で状況判断できることも多いのですが、それだけでは不安だという場合には、同行させていただくようにしています。

 

金子 例えば、2019年の「へそまがり 日本美術」展に麟祥院の襖絵を出品する際、下見に来ていただきました。

 

ー下見して、搬出・搬入口の確認、ということですか?

 

金子 それもありますし、あとは、現場で細かく採寸して、事前にきちんとした運搬用の箱を用意してもらいました。

▲京都の麟祥院さんから作品を搬出するところ。ぴったりサイズの箱に梱包して運んでくれました。2019年開催の「へそまがり日本美術」展にて。

 

たくさんお話を聞かせていただきました。次回に続きます、お楽しみに!

(図録編集チーム、久保)

再びの開幕です!

2年前、「ふつうの系譜」展は会期途中で閉幕しました。なんとか閉館を回避できないものかと、館内で激しく議論し、その末に悔しい思いをしたことが思い出されます。また、私自身も諦めきれず、この「ふつう展日記」で、「もう一度開催できる可能性だってあるのでは?」と、その時の気持ちについてお話ししました(2020年5月7日「ふつう展」の開幕と閉幕、これからのこと)。

 

 

▲展覧会場の冒頭タイトル。左が2020年、右が今回、2022年開催のもの。

 

再開催について館内で話し合ったのは、途中閉幕となった直後でした。あらがいようのないものに負け、無念さに打ちひしがれていた職員の全員が、強く、そして希望を抱くような気持ちで合意した、あの会議の時の雰囲気が忘れられません。

 

その後、去年の春に開催した「与謝蕪村」展も、途中閉幕となり、何人かの方から再開催の要望も寄せていただきました。しかし、作品をご出品いただかなければならない相手先の方々が30件近くあり、しかも国宝や重要文化財が12点もあった蕪村展をもう一度開催するのは、さすがに無理です。「ふつうの系譜」展を再び開くことができたのは、全106点の出品作品のうち95点が敦賀市立博物館のコレクションだったことと、そして何より、同館の全面的なお力添えをいただけたおかげです。

 

一昨年の開館日数は、予定の会期51日のうち21日。その間、3,231人のお客様にご来場いただきました。しかし、いつもの春の江戸絵画まつりには、おおおよそ1万人から2万人の方が来てくださっていたことを思うと、まだまだ多くの方が、「行きたかったのに行けなかった」と、残念な思いをされたと考えられます。閉幕後も、図録だけは通信販売などで売れ続け、残部僅少となりました。それもまた、展覧会を楽しみにされていた方が大勢いらっしゃった証だと思います。

 

▲今回のために、図録、増刷いたしました。

 

▲精魂込めて作った図録、今回は気合を入れて、紹介コーナーを作りました。

 

展覧会史上異例とも言える今回の再開催ですが、私たちスタッフも特別な喜びで一杯です。会場の設営から作品の展示まで、計6日の作業が終わって、出来上がった会場を見渡した時、私も「本当にまた同じ展覧会ができるなんて……」と、なんだか不思議な気持ちになりました。

 

内容は前回と同じですが、前期と後期の作品の振り分けや、会場での作品の配置は、前回とは違います。一つ一つの作品がもっともっと魅力的に感じられるよう、もう一度考え、工夫を試みました。

 

▲上が2020年の展示会会場、下が2022年。

 

澄み切った色。柔らかで優しげな、あるいは研ぎ澄まされた形。そんな美しい掛軸や屛風が並ぶ会場は、思わず「きれい」と声を上げたくなるような、透明感のある爽やかな空気に包まれています。もちろん図録も、売り切れないように第2刷を製作しました。今なお感染症は収束していませんが、当館としてできる限りの対策をしています。みなさまにも気をつけていただいて、この特別な展覧会にぜひお出かけいただきたいと思います。

 

(府中市美術館学芸員、金子)

 

 

額縁も気になります!

以前、金子学芸員が「表具も気になる」と題して、掛軸の表具についての日記を書きました。絵に描かれているものや雰囲気に合わせて、布を選び、誂える表具。絵柄だけトリミングされている写真やポスターでは分からない掛軸全体の様子を見ることは、展覧会ならではの楽しみのひとつではないでしょうか? そこで、今回は、ヨーロッパ編「額縁」です。

 

▲ギュスターヴ・モロー《一角獣》の額縁。全体は木製、デコレーションは石膏、金色に塗って仕上げています。一般的な額縁の製法です。

 

▲「LA LICORNE(一角獣)」とタイトルが記されています。

▲アカンサスの葉は定番の装飾モチーフ。ゴージャスな雰囲気を盛り上げます。

 

表具と同じように、額縁も「いつの時代のものか?」「誰が作ったのか?」ということを正確に知ることは難しい場合が多いです。絵の制作に合わせて作られることもありますし、絵よりも額縁の方がずっと古い時代のものもあります。古色をつけて、わざと古めかしくした額縁もよく見かけます。額縁を選んだ人物も、コレクターや画商などさまざまです。また、多くの場合、専門の職人の手で作られますが、画家本人が作ることもあります。例えば、職人的な手作業にこだわった藤田嗣治は好みの額をよく自作しました。

▲キャンバスから額縁まで自作した藤田。乳白色の下地の美しさと滑らかさを際立せるために、額の木枠はわざと荒っぽく削って、素朴に仕上げています。

 

額縁が絵に「似合っている」ことはもちろんのこと、室内の雰囲気に合っていることも大切です。額縁の流行は、家具や室内装飾の流行りにも左右されます。家を新築する際に「ここにこの絵を飾るから、額縁も合わせて作ろう」といった場合もあったようです。例えば、このマルティネッティの作品は、壁にはめ込まれていたような跡があり、家具や建物の一部として作らたと考えられます。19世紀のブルジョア市民の邸宅に飾られたものでしょうか? きっと木製の額が家具や調度によく合っていたことでしょう。

▲金色には塗らず、木肌を生かしてニスで仕上げています。

 

違う用途で作られたものを額縁に仕立て直すケースもあります。このデッサンは、マリー・ローランサンが親友の作家マルセル・ジュアンドーの本のために描いた挿絵の原画です。ジュアンドーの手元に所蔵されていた際には、衝立のような形にして飾っていたそうです。この額縁は、その衝立をばらして、一枚づつ飾れるように仕立て直したものです。エキゾチックでモダンな雰囲気の額からは、当時の流行やジュアンドーの趣味も感じられます。

▲2匹の龍を模したようなモチーフが向かい合っています。

 

他にもマリー・ローランサンの作品は、素敵な額に納められたものが多いです。アール・デコの流行を取り入れた鏡貼りの額や、手描きの模様の額など凝った仕立てのものをよく見かけます。ローランサン本人が額縁のデザインや制作にどこまで関わったかは、はっきりとは分かりません。ただ、舞台美術やテキスタイルも手がけたローランサンのデザイン感覚が生かされた作品は、「部屋に飾って楽しむ絵」としてとても人気だったので、それに合わせる額縁も特別なものにしようと考えた人が多かったのかもしれません。

▲愛らしい植物文様が手描きされています。おそらく額縁職人によるものですが、絵のかわいらしさともよく合っています。

 

最後に、額縁が変わると作品がさらに輝いて見える例をご覧いただきましょう。18世紀フランスの画家リエ=ルイ・ぺランの作品です。この写真は、展覧会の準備のために、2018年にランス美術館で調査をさせていただいた際の写真です。この時、作品はごくシンプルな金色の額縁に収められていました。美術館でもよく見かけるタイプの額です。

ところが、作品が到着して、作品が収められた箱を開けたら、違う額縁が付けられていて、驚きました。作品自体は変わっていないはずなのに、作品の力まで増したように感じられたのです。後日、ランス美術館の学芸員に問い合わせたところ、私が調査で拝見した後に、作品制作当初のオリジナルの額縁が見つかり、修復を経て、この度の展覧会のために、その額縁に納めていただいたそうです。

▲ゴージャスな額縁に、びっくり!

 

▲「L. L. PERIN」と作者の名前が刻まれています。上部中央に華やかで大きな装飾をつけるのはロココ時代の額の特徴のひとつです。

 

▲作者の孫のフェリックス・ペランからランス美術館に寄贈されたと記されています。19世紀に記されたものでしょう。

 

額縁装飾の頂点を極めたと言われるロココ時代らしいスタイルの額縁です。木の部分には丁寧に彫刻が施され、さらにそこに可愛らしく繊細なブーケの装飾が石膏で加えられています。豪華かつ可憐な雰囲気の額縁から、この絵が飾られた部屋の様子にまで想像が広がります。例えば、ベルサイユ宮殿のような空間にもぴったりではないでしょうか。

 

ぜひ額縁にも注目して、展覧会を楽しんでいただけたら幸いです。(府中市美術館学芸員、音)

庚申様の旅(下)

「動物の絵 日本とヨーロッパ」展でご覧いただける庚申様。それは、原在照(はら・ざいしょう)の《三猿図》です。作者は江戸後期の京都の画家で、宮廷の仕事をする地下官人(じげかんじん)でもあり、春日大社の仕事をする春日絵所の絵師でもありました。描き方がきちんとしていて、色づかいも典雅で、一言で言えば、「みやび」を絵に描いたような作品が得意でした。

 

《三猿図》といっても三匹ではなく、一匹だけで「見ざる、言わざる、聞かざる」をしています。後ろ足も動員して、球のように体を丸めていますが、そうするとお尻が丸見えになってしまいます。そこで、もう一本の足、つまり尻尾を使ってカバーです。これと同じような三猿は、円山応挙の作品や当時の工芸品にもあります。最初に誰が考えたのかはわかりませんが、みんなに面白がられていたのでしょう。

 

 

在照は、薄めの墨を使って、体の毛を細かく重ね、リアルに描いています。でも、丸まった猿の大きさは、直径で言えば12センチほど。小さい猿ですが、濃淡も丁寧に施され、ふっくら、かつ、こんもりとして、ぎゅっと丸まった感じがかわいらしいお猿さんです。

 

▲小さな描写ですが、指の柔らかさや爪の先まで、上手に表されています。

 

猿の下には作者の落款があって、安政7年(1860)に描かれたことがわかりますが、この年の干支は庚申です。しかも「初庚申」、すなわち、その年の最初の庚申の日に描いたと書かれています。作者がみやびな世界で活躍したことや、絵の雰囲気から察するに、もしかしたら、宮廷や貴族らが催す庚申待のために描いたのでしょうか。

 

▲「安政七庚申年初庚申日写之 春日画所正六位上近江介平朝臣在照」と書かれ、「原在照印」と「字子写」というハンコが押されています。

 

さて、ご覧のとおり、この作品は掛軸に仕立てられていますが、よく見ると普通のそれとは違います。普通は、画家が完成させた絵に、表具師がさまざまな裂を取り合わせて、一幅の掛軸に仕立てます。つまり、絵が描かれた絹と表具は別々のものです。ところがこの作品は、絵の部分だけでなく、周りの表具も、すべてが一枚の絹に描かれているのです。

 

絵の周りの「中廻し」と呼ばれる所だけでなく、絵の上下にある細い「一文字」も、また、上と下の淡い茶色の「天」「地」も、更には、上から下がる「風帯」と呼ばれる二本の帯も、すべて一枚の絹に描かれています。

 

▲下の両端の赤い軸端をのぞいたすべてが、一枚のつながった絹に描かれています。

▲絵の左下の拡大写真。右上の黄色く見えるのが絵の部分。絹目を見ると、それ以外も一枚の絹に描かれていることがわかります。

▲(参考)これは普通の表具の場合です。右上の茶色っぽいところが絵で、その下と左は表具裂です。別々のものを組み合わせて作られているのがわかります。

 

こうしたやり方は、「描表具(かきひょうぐ)」「描表装(かきびょうそう)」などと呼ばれています。まるで西洋のだまし絵のようにも思えますが、日本では古くから仏画などにも見られる手法です。「この絵にどんな表具をつけようか?」と思案するのは、絵を手に入れた人が掛軸を仕立てる時の楽しみですが、絵を描く画家が「こういう掛軸にしたい」という強いイメージを持っている場合もあるでしょう。一つの想像にすぎませんが、イメージに合う表具裂がなければ、表具の部分も描いてしまおうと考えるかもしれません。

 

そうして描かれた「描表具」の、何とかわいらしいことでしょう。渋めに抑えた緑色で地を塗って、その上に、ピンクや白の絵の具で、現代風に言えばパステルカラーで、こまごまと、なにやらかわいらしい物を描いています。それに、明るい茶色と墨のグラデーションが表された天と地、真っ白な所にくっきりと輪繋(わつなぎ)の文様が描かれた一文字と風帯。すべてがこんなにも柔らかく、かわいらしい掛軸は、普通の作り方では、なかなかできそうにありません。

 

 

この描表具を見た何人かの人が、「なんとなく美味しそう」と口にしました。それもそのはずで、ピンクや白や緑で描かれた色々な物は、実は、庚申様にお供えする「七色菓子」なのです。下のリンク先は、明治時代の画家、川崎巨泉が描いた七色菓子の図です。

http://e-library2.gprime.jp/lib_pref_osaka/da/detail?tilcod=0000000019-00021595

 

府中駅から始まる庚申様の旅は、いかがでしたか? 前編でご覧いただいた、けやき並木の庚申塔が建てられたのは天保7年(1836)、「新宿庚申塔」は嘉永5年(1852)。そして、在照が《三猿図》を描いたのは、安政7年(1860)のこと。風雨に耐えながらも摩耗してきた石塔と、きのう描いたかのように綺麗な在照の絵のありさまは激しく違いますが、どちらも同じ時代の一つの信仰から生まれたかたちなのです。

 

(府中市美術館学芸員、金子)

 

 

庚申様の旅(上)

 

 

府中駅を降りて西側へ出ると、大國魂神社に続く立派なけやき並木があります。深く重厚な木々の光景が目に入った瞬間、「ああ、ここは府中なんだ」と、歴史の町の、何か特別な空気のようなものを感じる方も多いことでしょう。

 

▲庚申塔は、府中駅から1分くらいのところにあります。

 

そのけやき並木に、二つの庚申塔(こうしんとう)があります。覆屋に守られ、今も地元の方によって花や水が供えられています。そのうち右の一基には、青面金剛(しょうめんこんごう)という仏様と、三匹の猿が彫られています。

▲時折、手を合わせていく人がいます。

 

▲上には、邪鬼に乗る青面金剛。6本の腕があり、剣などを持っています。邪鬼の下には、3匹の猿が彫られています。

 

庚申信仰は、中国の道教の世界で生まれました。人の体内に住んでいる「三尸(さんし)」という虫が、その人の悪事を天帝に告げると、その人の寿命は短くなるというのです。その三尸虫(さんしちゅう)が体から抜け出して、天帝のところへ報告に行くのは、「庚申」の日の夜だとされました。そこで庚申の日に、人々が集まり、眠い目をこすって、一晩中寝ないで、三尸虫が体外に出ないようにするという対策が講じられたわけです。それが「庚申待(こうしんまち)」と呼ばれる行事です。

 

庚申待は、遅くとも平安時代の初めには、宮廷や貴族らの間で行われていました。その頃の人たちが三尸虫のことをどこまで信じていたかは謎ですが、長生きを願う行事として、宴や遊興とセットで行われていたようです。それがやがて庶民にも広がり、特に江戸時代から近代にかけて、日本各地の町や農村などで行われました。

 

庚申待の講中、つまりグループで、石塔を建てることもありました。それが庚申塔です。庚申の日は年に6回ありますが、それを3年続けて、合計18回を達成した記念に建てることもあったようです。もちろん、健康と長寿を祈願して建てられることもあったでしょう。府中のけやき並木の、青面金剛と猿が彫られたそれには、天保7年(1836)の年紀があります。

 

庚申待は道教から生まれたものなので、仏教や神道とは元来は無関係ですが、日本では、仏様や神様など色々な信仰と結びつきました。察するに、ただ徹夜して三尸虫が外に出るのを防ぐだけでなく、神仏を拝みながら催せば、効果が一層強力になると考えたのでしょう。そうした庚申待の時のご本尊は、「庚申様」と呼ばれています。庚申様になった神仏は色々ですが、その一つが、病魔退散の力を持つ青面金剛でした。

 

▲左から、目をふさいだ「見ざる」、耳をふさいだ「聞かざる」、そして口をふさいだ「言わざる」。

 

また、「三猿」、つまり「見ざる、聞かざる、言わざる」の三匹の猿が、庚申様になることもありました。三猿が選ばれた理由としては、「庚申」は申の日だからという説や、三尸虫とは逆に、その人の悪事を「見ざる、聞かざる、言わざる」ものだから、という説などがあります。けやき並木の一基には、青面金剛と三猿、二つの庚申様が彫られているわけです。

 

▲摩滅した「言わざる」が愛らしさを醸し出しています。

 

さて、府中駅に戻って、美術館を目指して少し歩くと、「庚申様のまち」、府中駅東口商店街があります。この通りの入口に、嘉永5年(1852)に建てられた「新宿庚申塔」があるのです。宿場町時代、府中には三つの町があり、その一つ「新宿(しんしゅく)」の人たちが建てた庚申塔で、石碑の正面には「庚申塔」、側面には「新宿講中」と彫られています。私もしばしばここを通りますが、現代の町の中に、こんな風に昔の人たちの暮らしぶりを伝えるものがあるのは、いいものです。

 

▲ 左下が「新宿庚申塔」。ゲートの上で、2匹の猿が迎えてくれます。

 

 

さて、この「庚申様のまち」から15分ほど歩けば、府中市美術館です。そして、開催中の「動物の絵 日本とヨーロッパ」展でも、とっておきの「庚申様」をご覧いただけます。(続く)

 

(府中市美術館学芸員、金子)

 

春日大社へ行って鹿をひたすら見つめただけの話

動物展、後期展示の見どころのひとつ、『春日鹿曼荼羅図』(展示は11月14日まで)と、『鹿図屏風』。

▲重要文化財『春日鹿曼荼羅図』
▲『鹿図屏風』

 

展示室でモローの『一角獣』から振り返って、この2点が並ぶ様は、まさに「ファンタスティック」! 『春日鹿曼荼羅図』が描いた、得も言われぬ空気感がもたらす神秘さ。『鹿図屏風』の大きさと金箔の輝きで迫り来る鹿たちの躍動感。その神々しさ、美しさに思わず息を呑みます。

 

神の使いとされ、神々しさをもって描かれた鹿。ご存じのように、奈良公園一体には今なお棲み続けています。

 

ということで、今回は図録制作にあたり『鹿図屏風』の作品撮影のため訪れた春日大社で、ただひたすら鹿にまみれて、その「神秘」を体感してきたというレポートをお届けします。

 

JR奈良駅から春日大社のある奈良公園をめざしていると、さっそく。

 

▲商家をのぞきこむ鹿
▲何かを待っているのでしょうか

 

奈良公園とその周辺一帯に生息する「奈良のシカ」は現在1200頭弱。奈良公園は街と一体化した都市公園ですから、鹿さんたち普通に路上をフラフラしています。街の風景に鹿が溶け込んでいます。

いよいよ公園に入っていきます。

神様の使いとして、1000年以上も大切にされてきた鹿。本来とても臆病ですが、その歴史からか、まったく人を恐れる様子はありません。ヨーロッパでは人と動物の境界が宗教でしたが、日本ではその宗教観ゆえに、野生動物とこんな距離感で共生してきた、その不思議にあらためて思いを馳せます。

それにしても、いくら眺めていても飽きません。

ベンチで休んでいても、気がつけば横に佇んでいます。

▲か、かわいい

 

訪れたのは8月の暑い盛り。この日も猛暑日でしたから、水浴びするコたちが気持ちよさそうです。

そして、一心不乱に水草を食べるコ。鹿は基本草食で、主食はノシバとのことですが、こんなものも食べるのですね。

▲おいしいのでしょうか?

もちろん、春日大社の参道にもたくさんいます。

▲つよそうなコに会いました
▲鹿の角は毎年生え替わるそうです

 

売店前に陣取るのは「鹿せんべい」待ちでしょうか。

そして、やっぱり鹿せんべい、あげてみたいですよね。でもこれが、なかなかの恐怖体験。あちらこちらで、子どもや女性の叫び声が!

鹿せんべいを手にするやいなや、群れで突撃してきます。そして、あっという間に吸い込んでいきます。もぐもぐ食べる優雅な様子を想像していましたが、本当に吸い込むんです。一瞬です。

なくなったら即解散。この間1分もありません。

そんな散策を続けるなか、参道脇でこの日もっとも神々しい光景にめぐりあいました。

授乳中の親子です。授乳中の母鹿は攻撃的になるため不用意に近づいてはいけないとのことで、望遠レンズで捉えています。

▲この脚の角度!

こうした生命の営みをこの距離感で見つめていて、その姿に奇跡というか、神を感じる。それが絵画に描かれる……そんな「まなざし」について考える散策でした。

『春日鹿曼荼羅』の展示は今週末の14日(日)まで。『鹿図屏風』は会期末まで展示されます。どうか動物展で「奇跡」に触れてください。

 

(図録制作チーム、藤枝)

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