「ふつう展」日記

ひとつの展覧会の裏側には、展覧会を訪れただけでは見えない、さまざまなプロセスと試行錯誤があります。「ふつう展」日記は、「ふつうの系譜 「奇想」があるなら「ふつう」もあります 京の絵画と敦賀コレクション」展、略して「ふつう展」に関わるスタッフが、折々に皆さんにお伝えしたいことを発信するブログです。


額縁も気になります!

以前、金子学芸員が「表具も気になる」と題して、掛軸の表具についての日記を書きました。絵に描かれているものや雰囲気に合わせて、布を選び、誂える表具。絵柄だけトリミングされている写真やポスターでは分からない掛軸全体の様子を見ることは、展覧会ならではの楽しみのひとつではないでしょうか? そこで、今回は、ヨーロッパ編「額縁」です。

 

▲ギュスターヴ・モロー《一角獣》の額縁。全体は木製、デコレーションは石膏、金色に塗って仕上げています。一般的な額縁の製法です。

 

▲「LA LICORNE(一角獣)」とタイトルが記されています。

▲アカンサスの葉は定番の装飾モチーフ。ゴージャスな雰囲気を盛り上げます。

 

表具と同じように、額縁も「いつの時代のものか?」「誰が作ったのか?」ということを正確に知ることは難しい場合が多いです。絵の制作に合わせて作られることもありますし、絵よりも額縁の方がずっと古い時代のものもあります。古色をつけて、わざと古めかしくした額縁もよく見かけます。額縁を選んだ人物も、コレクターや画商などさまざまです。また、多くの場合、専門の職人の手で作られますが、画家本人が作ることもあります。例えば、職人的な手作業にこだわった藤田嗣治は好みの額をよく自作しました。

▲キャンバスから額縁まで自作した藤田。乳白色の下地の美しさと滑らかさを際立せるために、額の木枠はわざと荒っぽく削って、素朴に仕上げています。

 

額縁が絵に「似合っている」ことはもちろんのこと、室内の雰囲気に合っていることも大切です。額縁の流行は、家具や室内装飾の流行りにも左右されます。家を新築する際に「ここにこの絵を飾るから、額縁も合わせて作ろう」といった場合もあったようです。例えば、このマルティネッティの作品は、壁にはめ込まれていたような跡があり、家具や建物の一部として作らたと考えられます。19世紀のブルジョア市民の邸宅に飾られたものでしょうか? きっと木製の額が家具や調度によく合っていたことでしょう。

▲金色には塗らず、木肌を生かしてニスで仕上げています。

 

違う用途で作られたものを額縁に仕立て直すケースもあります。このデッサンは、マリー・ローランサンが親友の作家マルセル・ジュアンドーの本のために描いた挿絵の原画です。ジュアンドーの手元に所蔵されていた際には、衝立のような形にして飾っていたそうです。この額縁は、その衝立をばらして、一枚づつ飾れるように仕立て直したものです。エキゾチックでモダンな雰囲気の額からは、当時の流行やジュアンドーの趣味も感じられます。

▲2匹の龍を模したようなモチーフが向かい合っています。

 

他にもマリー・ローランサンの作品は、素敵な額に納められたものが多いです。アール・デコの流行を取り入れた鏡貼りの額や、手描きの模様の額など凝った仕立てのものをよく見かけます。ローランサン本人が額縁のデザインや制作にどこまで関わったかは、はっきりとは分かりません。ただ、舞台美術やテキスタイルも手がけたローランサンのデザイン感覚が生かされた作品は、「部屋に飾って楽しむ絵」としてとても人気だったので、それに合わせる額縁も特別なものにしようと考えた人が多かったのかもしれません。

▲愛らしい植物文様が手描きされています。おそらく額縁職人によるものですが、絵のかわいらしさともよく合っています。

 

最後に、額縁が変わると作品がさらに輝いて見える例をご覧いただきましょう。18世紀フランスの画家リエ=ルイ・ぺランの作品です。この写真は、展覧会の準備のために、2018年にランス美術館で調査をさせていただいた際の写真です。この時、作品はごくシンプルな金色の額縁に収められていました。美術館でもよく見かけるタイプの額です。

ところが、作品が到着して、作品が収められた箱を開けたら、違う額縁が付けられていて、驚きました。作品自体は変わっていないはずなのに、作品の力まで増したように感じられたのです。後日、ランス美術館の学芸員に問い合わせたところ、私が調査で拝見した後に、作品制作当初のオリジナルの額縁が見つかり、修復を経て、この度の展覧会のために、その額縁に納めていただいたそうです。

▲ゴージャスな額縁に、びっくり!

 

▲「L. L. PERIN」と作者の名前が刻まれています。上部中央に華やかで大きな装飾をつけるのはロココ時代の額の特徴のひとつです。

 

▲作者の孫のフェリックス・ペランからランス美術館に寄贈されたと記されています。19世紀に記されたものでしょう。

 

額縁装飾の頂点を極めたと言われるロココ時代らしいスタイルの額縁です。木の部分には丁寧に彫刻が施され、さらにそこに可愛らしく繊細なブーケの装飾が石膏で加えられています。豪華かつ可憐な雰囲気の額縁から、この絵が飾られた部屋の様子にまで想像が広がります。例えば、ベルサイユ宮殿のような空間にもぴったりではないでしょうか。

 

ぜひ額縁にも注目して、展覧会を楽しんでいただけたら幸いです。(府中市美術館学芸員、音)

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