ポスターやウェブサイトで見たことがある絵でも、いざ会場で見ると、絵のまわりの「表具」に驚かされることがあります。写真に出ているのは、普通、絵の部分だけですが、実際には布や紙で掛軸に仕立てられていて、そのデザインが目を引いたり、絵との取り合わせが意外だったりするのです。
冨田渓仙《牡丹唐獅子図》 福岡県立美術館
強い紫色と、銀色のざっくりした大きな文様。奔放かつ素っ頓狂な絵を、重厚に、大胆に引き締めています。絵にも描かれているように、獅子といえば牡丹。表具の文様も牡丹です。
よく、「表具は、絵と同じ時代のものですか?」とか、「表具の布は、誰が選んだのですか?」といった質問を受けますが、かなり難しい問題です。
絵は、表具師の手で掛軸に仕立てられます。その時、どんな表具を選ぶかは、絵を手に入れた人が考えることもあれば、表具師にお任せのこともあったでしょう。また、ときには、画家が指示することもあったかもしれません。しかし、そうした事情を伝える記録はほとんどないのです。
彭城百川《初午図》
描かれているのは、お稲荷さんとお供え。初午の行事は二月。それに合わせた、かわいい梅の花です。
徳川家綱《闘鶏図》 德川記念財団
上手い下手を超えた力と味わいで、見る者の心を鷲づかみにします。波の中に刺繍で表されているのは、色とりどりの貝、魚、蟹、海老。風変わりで、そしてかわいらしいデザインです。へそ展に並ぶ掛軸の中でも、かなり目を引きます。
表具は布や紙でできていますが、それらの部品をつなぎ合わせているのは弱い糊なので、年月が経つにつれ、剥がれてきます。そうなった掛軸は、いったん分解して、再び仕立てる修理が必要です。50年に一度、あるいは70年に一度、などと言われます。
修理の時に、もし部材が傷んでいたら新しいものに取り替えます。元の布に似た布を探して使ったり、また、作品の持ち主の好みで、思い切って以前とは違うものにしたりしますが、その場合、古い布を使って趣を演出することもあります。
こんなわけで、表具がいつのものかを知るのは、かなり難しいのです。新しそうに見えても、絵と同じ時代のまま、ということもあるでしょう。逆に、古そうに見えて、意外に新しいこともあります。いずれにしても、どんな表具にしたら絵が引き立つか、面白い掛軸になるかを、それぞれの時代の人たちが考えて、作っているわけです。
円山応挙《山水図》
精巧に描かれたリアルな風景画。きりっとした緊張感や輝きがあります。表具は、ひときわ華麗で重厚です。表具には「三つ葉葵」の紋。作品の箱に「鈴鹿景」と書かれているので、あるいは、紀州徳川家に伝わった作品でしょうか?
伊藤若冲《鯉図》
風帯(上から下がる二本の帯)もなく、シンプルな掛軸ですが、墨だけで描かれた力強い造形にぴったりです。絵のテーマが鯉なので、表具は全面びっしりと、ただただ波です。
中村芳中《鬼の念仏図》
大津絵でおなじみの「鬼の念仏」を、もっと大胆奔放に、かつ「ゆるく」描いています。民芸品的な題材と、簡素な格子文様が、洒落た、良い雰囲気を出しています。
美術館の図録の場合には、絵の部分だけを掲載するのが一般的です。図録の大きさは限られているので、掛軸全体を載せると、絵が小さくなってしまうからです。また、あくまで画家自身が描いたのは絵のところだけなので、そうするのが普通です。しかし、やはり掛軸は表具あってのもの。会場では、全体の味わいや面白さをたっぷりと味わっていただきたいと思います。
(府中市美術館、金子)