「ふつう展」日記

ひとつの展覧会の裏側には、展覧会を訪れただけでは見えない、さまざまなプロセスと試行錯誤があります。「ふつう展」日記は、「ふつうの系譜 「奇想」があるなら「ふつう」もあります─京の絵画と敦賀コレクション」展、略して「ふつう展」に関わるスタッフが、折々に皆さんにお伝えしたいことを発信するブログです。


音声ガイドのナレーターさんがすごすぎでした。

展覧会の開幕前の重要なお仕事に、「音声ガイドの収録」というものがあります。3月初旬のある日、収録に立ち会う金子学芸員に同行し、その現場を見学させていただきました!

収録の現場は都内のスタジオ、ナレーションをつとめるのは、ベテランナレーターの中村啓子さんです。当日は、まず中村さんから金子学芸員に、アクセントなど、気になる点についての質問がいくつか。その後、中村さん一人が録音のためのブースに入って、収録が始まります。ガイドの原稿は事前にシェアされていて、私も、先に読ませていただいていたのですが、いざ、収録が始まってみて、本当に驚かされました。

▲TVドラマに出てくるみたいな、かっこいいスタジオです。

 

絵の情景が目の前にぱーっと広がるんです。今まで音声ガイドを聴いたことがあるのは、もちろん、展覧会場で絵を目の前にしてのことだったので気づきませんでしたが、収録現場で、中村さんが読んでいる声を聴いていると、その場にない一枚の絵が、実に鮮やかに思い浮かぶことに、心から感動しました。プロフェッショナルな声には、ものすごい力があるんですね。

 

そして、収録後、中村さんにお時間を頂戴し、お話を伺いました!

 

ー絵の中の情景がぱーっと浮かんで来るような読まれ方をされていて、驚きました。

中村啓子(以下、中村) それは金子さんの文章が、情景が浮かぶように書いてあるからなんですよ。言葉が溢れるように豊富で、素敵な文章です。

 

ー読み方も同じようにすばらしかったです。

中村 ありがとうございます。でも、本当に文章がいいの。しかも、そんなにあらたまった言葉ではなくって。

 

ー確かに、金子学芸員は、あまり難しい言葉は使いませんね。

中村 人に話しかけるような優しさで書いてくださっていますよね。だから私、すごく幸せだな、と思って読ませていただいているんです。昨日も、下読みをしているときに、こんな素敵な文章を読ませていただけて、なんて幸せなんだろう、って思っていました。

 

ー中村さんは、ナレーターとして幅広く活躍してらっしゃいますが、他にどのようなお仕事があるのですか?

中村 昔から医学ものなどが多いですね。とても専門的で難易度が高く、私自身が内容を理解しづらいようなお仕事もよくあります。気持ちを入れて、楽しんで読めるお仕事というのは、滅多にないものです。

 

ー皆さんご存知の「時報」の声も中村さんなんですよね。ちょっと話がそれますが、時報の声には、オーディションで採用されたのですか?

中村 時報の収録をしたのは1991年のことですが、その少し前、NTTが音声合成の研究をする時に、「電話で聞き取りやすい声」を探していたんです。人間は20ヘルツから200万ヘルツの間にある周波数の音を聞き取ることができるのだそうですが、電話では、その伝送過程で、300ヘルツより低い音域と、3400ヘルツより高い音域はカットされて聞こえなくなってしまうんです。それで、最初は女優さん、さらに、局アナウンサーも含めて何百人かの声を試してみたらしんですけど、私の声がその幅にすっぽり入る周波数成分だったそうです。私自身はオーディションされていることを知らされていませんでした。ですから、努力の結果というよりは、頂き物のようなものかもしれません。

 

ーガラスの靴のようですね。

中村 本当に。それで選ばれて、色々な音声の研究なんかをずっと一緒にやらせていただきました。そして、104の番号案内をはじめ、様々なものの声を担当させていただく中で、あの時報の声を収録したんです。

 

ー時報の声、懐かしく思われる方も多いと思います。

中村 昔は一日100万件ほども聞かれていたそうです。今はもう、聞く方も減っていると思いますが、長い歳月の中で色々な聞かれ方をしたようで、例えば、ご主人が亡くなって寂しい時、夜中に人に電話をかけたら迷惑だから時報を聴いていたとか、登校拒否になって寂しいから聴いていた、とか、そんな方々もいらしたようです。

 

ー寂しい時に聞くと安心するような声なんでしょうね。

中村 そうなんでしょうか。ただ時刻を告げているだけなのに、不思議ですね。

 

ーちなみに、あれは、全部言ってるんじゃないですよね?

中村 もちろん違います(笑)。時報の収録は、たった1時間で終わったんです。時と分と秒をバラバラに録音して、繋いであるんです。

 

ーそうなんですね! それが30年近くずっと使われているんだから、すごいことですね。しかも、ある年齢以上の方なら、誰もがわかる声ですよね。

中村 「ドコモの留守番電話サービスセンターの声」と言って、わかっていただけることも多いです。「おかけになった電話は……」というのです。

ーあー! あの声もですか!

中村 はい。そうやってわかっていただけると嬉しいです。

 

ー『氷点』や『塩狩峠』など、三浦綾子さんの作品の朗読もなさっているそうですね。

中村 はい、ライフワークとして取り組ませていただいていて、ライブもしています。

 

ー小説の朗読、ぜひ、聴いてみたいです。今日の収録を聴かせていただいても、ちょっとした接続詞のひとつにも、何かが籠っている感じがしました。

中村 接続詞、すごく大事にしているんです。気付いていただけて、すごく嬉しいです。接続詞で次に来る言葉を予測できるような読み方をしたいな、と思っているんです。例えば、「しかし」の言い方ひとつとっても、その後にいいことがくるのか、あるいはあまり知られていない内容がくるのか、そういうことを少し予感させるような読み方ができたらなあ、と。

 

ー所々、接続詞の読み方に、ハッとさせられることがありました。でも、その後にくる言葉を聴くと、それがとても自然に繋がって、「ああ、なるほどな」って思うんです。

中村 とても嬉しいです。本文じゃないけれど、とても大切だなと思っているところなので。

 

▲身振り、手振りを使いながら、気持ちを込めて読む中村さん。

 

ー美術展の音声ガイド、ということで、特に気をつけてらっしゃることはありますか?

中村 音声ガイドってやっぱり特殊だと思うんです。イヤホンで一人の人が聴いているんですよね。ですから、絵とそれを観ている方と私の声だけの世界。金子さんの解説は、お客様と私が一緒に観ている、という感覚になれる文章なので、私もたった一人の方と一緒に絵を観ている感覚で、読ませていただいています。自然にそういう世界に入れるので、すごく楽しいんです。

 

ー中村さんの楽しい気持ちが伝わってきました。今日、音声ガイドの原稿を事前にもらって、私も頭の中で読んでいたのですが、中村さんが読まれるものは、私が頭の中で読んでいたものと違うんです。その違いが、すごいと思いました。

中村 そうでしょうか。

 

─はい、私の頭の中より楽しいんです。例えば、岸駒の《寒山拾得図》の解説のところで、「この絵の気持ち悪さは破格です」という文章があります。ここで金子学芸員は、気持ち悪さがダメだというのではなく、気持ち悪いのがいいことだと言っているわけですが、それが、中村さんのナレーションだと、すごく楽しく伝わってくるんです。

中村 ここ、実は私もすごく感心させられたところでした。「気持ち悪さ」を褒める言葉として、「破格」という言葉を持ってきたところがすごいですよね。「抜群」って書いてもダメですし、「破格」以外にないんです。

 

ー金子学芸員は「中村さんは、文章の理解力も卓越しているんだ」とおっしゃっていました。

中村 いつも、私がどこまで理解できているかはわからないのですが、金子さんがお書きになることをそのまま伝えることができるように、どこがポイントか、どの言葉を立てたらいいのか、何が狙いか、など、私のできる範囲では考えるようにしています。もし私の理解が外れていたら、収録の現場でおっしゃっていただけるのかな、と、思いつつ、いつもスムーズにやらせていただいていて、本当にありがたいです。

 

ー府中市美術館は、今年で二十周年を迎えますが、中村さんとは、開館当時からのお付き合いと聞きました。

中村 そうなんです。開館の時に、美術館を紹介する様々なビデオなどをつくられて、そのナレーションをさせていただきました。

 

ーそれ以来、何回かの例外をのぞいて、ほとんどの音声ガイドが中村さんの声。評判も良いそうで、「毎回、借りるのが楽しみです」と、わざわざ言いにきてくださるお客さんもいらっしゃるほどだそうです。

中村 ありがたいことです。今回も多くの方に、楽しんでいただけたら本当に嬉しいです。

 

▲アクセントや読みに関するメモでいっぱいの、中村さんの原稿。

 

実を言うとこれまで、取材などの場合をのぞいて、音声ガイドを借りることは、あまりなかったのですが、今回、中村さんの読まれる現場に立ち会って、音声ガイドに対する意識が、ガラッと変わってしまいました。本当にすごいです! 他の方はどうかはわかりませんが、中村さんが読むならば、借りた方が絶対、楽しく鑑賞できるに決まってます。これからは絶対に借りようと心に誓いました。

(図録制作チーム、久保)

 

特別協力:ノムラテクノ株式会社、株式会社ジーアングル

 

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