「ふつう展」日記

ひとつの展覧会の裏側には、展覧会を訪れただけでは見えない、さまざまなプロセスと試行錯誤があります。「ふつう展」日記は、「ふつうの系譜 「奇想」があるなら「ふつう」もあります 京の絵画と敦賀コレクション」展、略して「ふつう展」に関わるスタッフが、折々に皆さんにお伝えしたいことを発信するブログです。


麟祥院の襖絵

先日、ある取材の方から「今回の展覧会の準備で思い出深いことは何ですか?」と聞かれました。準備はまだ続きますが、今までを振り返っただけでも、思い起こすことはたくさんあります。

 

京都の妙心寺の塔頭、麟祥院には、海北友雪が描いた江戸時代前期の竜の襖絵があります。もちろん凄い竜なのですが、表情がとぼけているというか、見る人を不思議な世界に誘ってくれるような目をしています。一筋縄ではいかない禅の世界の奥深さを、見ただけで感じることのできる作品だと思い、ご出陳をお願いしようと決心しました。

 

伺ったのは、こともあろうに8月の後半。妙心寺の広い境内を歩いていると、滝のような汗が流れます。なんとか汗を拭って、ご住職にお目にかかりました。「へそまがり日本美術」などという展覧会で、「けしからん」と叱られるのを覚悟していたので、ご出陳のお許しをいただいた時は、夢のようでした。

 

そして10月の終わり。今度は最高に気持ちの良い季節に、カメラマンや図録編集チームのスタッフと、作品の撮影に伺いました。襖なのでお堂の所定の場所にはめられていますが、その状態とは別に、作品としての写真は、1面ずつきっちり、正面から撮らなければなりません。1面ずつ外して、立てかけて、ライティングの具合やカメラの位置をしっかり調整して撮影します。図録やチラシなどの印刷物にする時は、そうして別々に撮った写真をつなぎ合わせて使います。運搬用の箱を作るために、作品の厚みなどを含む正確な大きさも測りました。

 

撮影は順調に進み、良い写真を撮ることができました。しかし撮影の後、襖を元の位置に戻して、まだお堂の天井の電灯を点ける前に私たちが体験したのは、本当の自然の光のもとでの光景でした。昼でも薄暗い空間で、大きな竜が、自らが呼ぶという雨雲に包まれて姿を見せています。迫力、美しさ、凄さ……そんな言葉では言い表せません。鈍く輝く金色の竜の目に見つめられながら、紙と墨という物質が発する何かに包まれるような、不思議な体験でした。図録には、お堂の様子がわかる写真も載せる予定ですので、ぜひご覧ください。

(府中市美術館、金子)

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