「ふつう展」日記

ひとつの展覧会の裏側には、展覧会を訪れただけでは見えない、さまざまなプロセスと試行錯誤があります。「ふつう展」日記は、「ふつうの系譜 「奇想」があるなら「ふつう」もあります─京の絵画と敦賀コレクション」展、略して「ふつう展」に関わるスタッフが、折々に皆さんにお伝えしたいことを発信するブログです。


「姫」の描き方

4月4日に予定していた展覧会講座は、残念ながら中止となりました。講座では、作品の拡大写真のスライドをお見せしながら、技法の話などもさせていただくつもりでした。そこで、用意してあった写真のいくつかを、ここでご覧いただこうと思います。作品は、本展のポスターの主役、土佐光起の《伊勢図》。いつしかスタッフの間で「姫」と呼ばれるようになった作品です。

▲伊勢は、百人一首でも知られる平安時代の歌人。失恋の傷を癒やしに大和の国を訪れ、竜門寺というお寺に滞在して、滝を見て歌を詠んだエピソードを描いた作品です。

 

画面の縦の長さは、100.9センチ。その多くの部分が、墨だけで、しかも、かなりあっさり描かれています。ところが、「姫」だけが、くっきりと濃密に、色鮮やかです。薄暗くてほわっとした光景の中で、そこだけが、きりっと際立った美しさは、ありきたりの言葉ですが息をのむようです。

 

作者の光起は、江戸時代前期の土佐派の画家です。この派は、室町時代から続くやまと絵の派で、宮中の「絵所預」という役職をつとめてきました。社会的にはナンバーワンの地位にあった派といえるかもしれませんが、それだけでなく、日本独特の「やまと絵」の技術や美しさを代々守ってきた派です。そう考えると、今だったら芸術家としてだけでなく、伝統技術の保持者として注目されていても、おかしくないでしょう。

 

ポスターのデザイン案がデザイナーの島内泰弘さんから送られてきた時、本当に驚きました。実物は数センチほどの小さな「姫」の姿を、B2サイズのポスターにしようというデザインだったのです。「この作品を使ってデザインしてください」という依頼はしていなかったので、デザインを見た時、ほんの一瞬だけですが、「こんな作品あったっけ?」と思ったほどでした。次の瞬間には光起の《伊勢図》だとわかりましたが、実物の印象とはまた違う、絵としてのすさまじい完成度の高さを見せつけられる思いでした。

▲「ふつうの系譜」展のポスター。

 

実物の印象しか頭になかった私には、およそ思いつかなかった作品の選択です。もしかしたら、デザイナーは、作品のデジタル画像を大きなディスプレイで一つ一つ拡大したりしながら、ポスターの主役を探したのかもしれません。現代の技術が、かつての名手の技と美の素晴らしさを教えてくれたような気がしますが、もし光起がこのデザインを見ても、きっと驚いたことでしょう。余談ですが、開幕後、その島内さんが実物の「姫」と対面して、今度はその小ささに驚くのを楽しみにしていたのですが、展覧会は閉幕となり、叶いませんでした。

 

ポスターになり、巨大化された「姫」を見ながら、日々、作者光起の巧みさに驚いていました。展覧会図録の文章でも紹介しましたが、光起は、自ら書いた秘伝書で、目や鼻を描く位置についての秘訣を記しています。ですが、それを知ったところで、細い筆の筆先を使って、目や鼻を、美しく、そしてイメージどおりの位置にちゃんと描くことなど、簡単にはできません。よほどの腕をもった人でなければ、筆を持つ手が震えたり揺れたりして、描けないでしょう。

▲「完璧」という言葉がぴったりな美しさです。

 

《伊勢図》の美しさがどうやって生まれたのか。もう一つのポイントが、彩色の技法です。

 

下の画像は、扇を持つ手の袖口のあたりの拡大写真です。「絵絹」と呼ばれる絵画用の絹に描かれているので、布目が見えます。左から、青色の部分、明るいベージュ色の部分、更に、朱色、ピンク色、少しピンクがかった白、普通の白が塗られ、一番右に暗い緑色の部分が見えます。この色の並びだけでも、とてもきれいです。

 

更に、青く塗られた部分に注目してみましょう。濃く見える部分と、薄く見える部分があるのがわかるでしょうか? 青い部分の形に沿って、濃いところがありますが、その内側は薄くなっています。

▲この写真の範囲は、実物では約1.5センチ四方です。

 

下の写真は、上の写真の一部分です。よくご覧ください。右の方の薄い部分では、青い絵の具は、格子状になった絹の糸の「向こう」にだけ見えています。つまり、絹の裏側から絵の具を塗っているのです。そして、濃い青のところは、絹糸にも色が着いていて、表側から塗られていることがわかります。

▲右の方は、絹目の向こうに絵の具が見えます。

 

恐らく、青く表す部分全体を裏から塗って、一段階濃く表したい部分だけ、表からも塗ったのでしょう。青の絵の具は、岩絵具の「群青」ですが、一種類の絵の具だけで、しかし、それを裏と表から塗ることによって、強弱のある美しさを作り出しているのです。裏側から塗るこの技法は、「裏彩色」と呼ばれています。

▲着物の「地」の部分を塗った後に、金や赤、緑や白で模様を描いています。

 

裏彩色といえば、近年、伊藤若冲の《動植綵絵》に使われていることがわかり、話題になりました。《動植綵絵》の場合は絹目がとても詰んでいるので、表から見ただけではわからず、修理の時にはじめて見つかりました。しかし、ご覧いただいたように、この光起の作品の場合は絹の目が粗いので、拡大写真やルーペを使えば、表からでもある程度わかります。

 

絹という、透けるような素材に描く場合、その特性を生かして裏からも色を塗るのは、平安時代の昔からごく普通のことでした。古代や中世の仏画の研究をしている人たちなどは、作品調査の時に、裏彩色にも注意して観察するのが普通です。私も、江戸時代の絵画を調査する時、裏彩色があるかどうかをできるだけ見るようにしていますが、たとえば、浮世絵師の菱川師宣の作品にも使われていた例があります。若冲や光起のすごさは、裏彩色を使ったことではありません。その手法をどんなふうに使って、どんな効果を出すのか、その技術の生かし方が素晴らしいのです。

 

江戸時代以前の日本には、あまり多くの色の絵の具はありませんでした。しかし、きれいな絵を描くには、色の数が多ければよいというわけではありません。少ない種類の絵の具を使って、工夫を凝らして、見事な「美しいもの」を作り上げる。光起の「色彩の精密感」が醸し出す美しさには、そんな平安時代から続く歴史が生きているわけです。

 

▲こうして見ると、裏彩色の青色にも、濃淡が付けられているのがわかります。

 

(府中市美術館、金子)

表具も気になる

ポスターやウェブサイトで見たことがある絵でも、いざ会場で見ると、絵のまわりの「表具」に驚かされることがあります。写真に出ているのは、普通、絵の部分だけですが、実際には布や紙で掛軸に仕立てられていて、そのデザインが目を引いたり、絵との取り合わせが意外だったりするのです。

 

 

冨田渓仙《牡丹唐獅子図》 福岡県立美術館

強い紫色と、銀色のざっくりした大きな文様。奔放かつ素っ頓狂な絵を、重厚に、大胆に引き締めています。絵にも描かれているように、獅子といえば牡丹。表具の文様も牡丹です。

 

 

よく、「表具は、絵と同じ時代のものですか?」とか、「表具の布は、誰が選んだのですか?」といった質問を受けますが、かなり難しい問題です。

絵は、表具師の手で掛軸に仕立てられます。その時、どんな表具を選ぶかは、絵を手に入れた人が考えることもあれば、表具師にお任せのこともあったでしょう。また、ときには、画家が指示することもあったかもしれません。しかし、そうした事情を伝える記録はほとんどないのです。

 

 

彭城百川《初午図》

描かれているのは、お稲荷さんとお供え。初午の行事は二月。それに合わせた、かわいい梅の花です。

 

 

 

徳川家綱《闘鶏図》 德川記念財団

上手い下手を超えた力と味わいで、見る者の心を鷲づかみにします。波の中に刺繍で表されているのは、色とりどりの貝、魚、蟹、海老。風変わりで、そしてかわいらしいデザインです。へそ展に並ぶ掛軸の中でも、かなり目を引きます。

 

 

表具は布や紙でできていますが、それらの部品をつなぎ合わせているのは弱い糊なので、年月が経つにつれ、剥がれてきます。そうなった掛軸は、いったん分解して、再び仕立てる修理が必要です。50年に一度、あるいは70年に一度、などと言われます。

修理の時に、もし部材が傷んでいたら新しいものに取り替えます。元の布に似た布を探して使ったり、また、作品の持ち主の好みで、思い切って以前とは違うものにしたりしますが、その場合、古い布を使って趣を演出することもあります。

こんなわけで、表具がいつのものかを知るのは、かなり難しいのです。新しそうに見えても、絵と同じ時代のまま、ということもあるでしょう。逆に、古そうに見えて、意外に新しいこともあります。いずれにしても、どんな表具にしたら絵が引き立つか、面白い掛軸になるかを、それぞれの時代の人たちが考えて、作っているわけです。

 

 

 

円山応挙《山水図》

精巧に描かれたリアルな風景画。きりっとした緊張感や輝きがあります。表具は、ひときわ華麗で重厚です。表具には「三つ葉葵」の紋。作品の箱に「鈴鹿景」と書かれているので、あるいは、紀州徳川家に伝わった作品でしょうか?

 

 

伊藤若冲《鯉図》

風帯(上から下がる二本の帯)もなく、シンプルな掛軸ですが、墨だけで描かれた力強い造形にぴったりです。絵のテーマが鯉なので、表具は全面びっしりと、ただただ波です。

 

 

中村芳中《鬼の念仏図》

大津絵でおなじみの「鬼の念仏」を、もっと大胆奔放に、かつ「ゆるく」描いています。民芸品的な題材と、簡素な格子文様が、洒落た、良い雰囲気を出しています。

 

美術館の図録の場合には、絵の部分だけを掲載するのが一般的です。図録の大きさは限られているので、掛軸全体を載せると、絵が小さくなってしまうからです。また、あくまで画家自身が描いたのは絵のところだけなので、そうするのが普通です。しかし、やはり掛軸は表具あってのもの。会場では、全体の味わいや面白さをたっぷりと味わっていただきたいと思います。

(府中市美術館、金子)

 

 

「初公開」作品44点。 これってすごいことなの?

開幕までいよいよあと3日。

今日は「新発見」のことについて、少し考えてみました。

近年、展覧会の開催にあわせて、初公開作品のニュースが新聞やテレビなどで華々しく報道されたりしています。

「若冲の幻の作品、初公開!」といった具合に。

▲へそ展で展覧会初公開の徳川家光《兎図》。

 

「〈新発見〉ってどういう意味?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。ここで言う「新発見」とは、近年の研究者に知られることなく、展覧会や本などでも紹介されたことのない作品のこと。本だけで紹介されたことがある場合には、展覧会「初公開」となるわけです。

 

そこで、へそ展の図録の制作が始まった昨年春頃、私も金子学芸員に聞いてみました。

「へそ展では初公開とか、新発見みたいな作品はあるんですか?」

すると金子学芸員からは

「ありますよ、おそらく数十点にもなるんじゃないでしょうか。

〈春の江戸絵画まつり〉はいつもそうです」

と、驚きの答えが返ってきました。

「研究の成果を展覧会で発表するのが学芸員の仕事。ですから、いわゆる“新発見”とか、”初公開”といった作品はいつもこれくらいになるんです」

なのだそうです。本当にびっくりしました。

でも、言われてみれば納得で、だから〈春の江戸絵画まつり〉ではいつも、「こんなの見たことない!」という面白い作品が並ぶんですね。府中市美術館での展示をきっかけに、その後、一躍、有名になった作品も思い浮かびます。

そして、金子学芸員の予想通り、へそ展での展覧会初公開作品は、最終的になんと44点になりました。

   

▲こちらも展覧会初公開、仙厓の《十六羅漢図》。「こんな十六羅漢は見たことがない」と金子学芸員。

 

しかも、そういった”新発見”だけでなく、美術史的にも重要と定評のある作品も、さりげなく出品されていることもすごいところなんです。ぜひ、見にきてください!

(図録制作チーム、久保)

おかしな猛禽類

へそ展には、猛禽類を描いた作品が3点出品されます。鷹や鷲ではなく、梟(ふくろう)と木兎(みみずく)です。どちらも同じフクロウ科ですが、耳のように見える「羽角」があるのが木兎です。羽角は耳ではなく、文字どおり、羽毛です。

 

まずは、以前にも図録制作チームのツイッターでご覧いただいた、徳川家光の《木兎図》。家光の乳母、春日局の子、稲葉正勝が創建したお寺、東京の千駄木にある養源寺に伝わった作品です。かわいらしさに心をわしづかみにされる方は多いと思います。

 

それから、博多の禅僧、仙厓さんが描いた《小蔵梅花図》。これもすでにツイッターでご紹介した作品です。梅の花にとまっているのは、梟。あまりに面白い描き方ですが、画面の真ん中の大きな文字も気になるところでしょう。実は、梟の鳴き声に関わる、あるダジャレです。その謎は、ぜひ、へそ展の会場や図録の解説をご覧ください。

   

 

そして猛禽類を描いた三つめの作品は、江戸前期の京都の画家、狩野山雪の作品です。木にとまって、きょとんとする梟を、二羽の小鳥が見ています。画面に添えられた禅僧の言葉によると、どうやら梟という鳥は、姿や鳴き声が特異なせいで、かわいそうな身の上にあったようなのです。心なしか、山雪の描く梟も愁いを秘めているようで、しんみりとさせられます。

 

家光の作品は展覧会の全期間、仙厓の作品は後期、山雪の作品は前期に、ご覧いただく予定です。一度に展示できなくて申し訳ないのですが、ぜひ、おかしな猛禽類に会いにいらしてください。

(府中市美術館、金子)

 

 

麟祥院の襖絵

先日、ある取材の方から「今回の展覧会の準備で思い出深いことは何ですか?」と聞かれました。準備はまだ続きますが、今までを振り返っただけでも、思い起こすことはたくさんあります。

 

京都の妙心寺の塔頭、麟祥院には、海北友雪が描いた江戸時代前期の竜の襖絵があります。もちろん凄い竜なのですが、表情がとぼけているというか、見る人を不思議な世界に誘ってくれるような目をしています。一筋縄ではいかない禅の世界の奥深さを、見ただけで感じることのできる作品だと思い、ご出陳をお願いしようと決心しました。

 

伺ったのは、こともあろうに8月の後半。妙心寺の広い境内を歩いていると、滝のような汗が流れます。なんとか汗を拭って、ご住職にお目にかかりました。「へそまがり日本美術」などという展覧会で、「けしからん」と叱られるのを覚悟していたので、ご出陳のお許しをいただいた時は、夢のようでした。

 

そして10月の終わり。今度は最高に気持ちの良い季節に、カメラマンや図録編集チームのスタッフと、作品の撮影に伺いました。襖なのでお堂の所定の場所にはめられていますが、その状態とは別に、作品としての写真は、1面ずつきっちり、正面から撮らなければなりません。1面ずつ外して、立てかけて、ライティングの具合やカメラの位置をしっかり調整して撮影します。図録やチラシなどの印刷物にする時は、そうして別々に撮った写真をつなぎ合わせて使います。運搬用の箱を作るために、作品の厚みなどを含む正確な大きさも測りました。

 

撮影は順調に進み、良い写真を撮ることができました。しかし撮影の後、襖を元の位置に戻して、まだお堂の天井の電灯を点ける前に私たちが体験したのは、本当の自然の光のもとでの光景でした。昼でも薄暗い空間で、大きな竜が、自らが呼ぶという雨雲に包まれて姿を見せています。迫力、美しさ、凄さ……そんな言葉では言い表せません。鈍く輝く金色の竜の目に見つめられながら、紙と墨という物質が発する何かに包まれるような、不思議な体験でした。図録には、お堂の様子がわかる写真も載せる予定ですので、ぜひご覧ください。

(府中市美術館、金子)

床の間ってすごい! 掛軸撮影@京都・無鄰菴①

「へそまがりな絵」が、実際に暮らしの中にあったら、どんな雰囲気なのか──
昔の人たちの気持ちを少しでも想像することができたら、と考えて、掛軸を床の間に飾った写真を撮影し、「へそ展」の図録に掲載することにしました。
撮影の場所は、京都、南禅寺近くにある名勝・無鄰菴です。

先日、古書画屋さんで見せていただいて、出品が決まった長沢蘆雪の《猿猴弄柿図》。とてもアクの強い顔の猿なのですが、床の間にはすっと馴染みます。そして、なんとも品のある作品だということがわかりました。床の間の包容力、すごいです!

サイズを測るのも大事な仕事。

たくさん並んだ箱の中から、次に撮影する作品を、古書画屋さんに出していただきます。

   

無鄰菴は明治・大正時代の政治家山縣有朋の別荘でした。母屋・洋館・茶室の三つの建物と庭園から構成されていますが、何より素晴らしいのは、東山を借景に広がる庭園。ごく浅い水流がサラサラと流れているのが、とっても綺麗なのですが、これを保つため、日々、庭師の方々が手を入れているそうです。南禅寺界隈の別荘群では唯一、通年で公開されている庭園なので、今度はゆっくりと、訪ねて見たいと思いました!
(講談社図録制作チーム、久保)

蘆雪の「へそまがり猿」@京都の老舗・古書画屋さん

出品作品が決まるまで、担当の学芸員は「へそまがり日本美術」にふさわしい作品を探して、作品調査の旅を繰り返します。旅先は日本各地の美術館・博物館であったり、個人のご所蔵家であったり、さまざまです。
この日は、京都の老舗の古書画屋さんへ。なんと、ご主人が最近見つけたばかりの長沢蘆雪の《猿猴弄柿図》をいち早く、見せていただきました!
(講談社図録制作チーム、久保)

   

真っ赤な顔、黄色い目、コウモリのような耳……。「かわいさ」とは無縁のその姿に蘆雪の「へそまがりな感性」が感じられます。


江戸絵画には必ずしも、もともと名前があるわけではないので、初めて作品が出てきた場合、展覧会出品に際して、どんな名称にするのか悩みます。今回は、箱にかつての所蔵家がつけたラベルが貼ってあったので、そこから《猿猴弄柿図》の名を引き継ぎました。

 

 

一癖も二癖もありそうな顔立ちの猿。「へそまがり日本美術」にぴったりです。

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