「ふつう展」日記

ひとつの展覧会の裏側には、展覧会を訪れただけでは見えない、さまざまなプロセスと試行錯誤があります。「ふつう展」日記は、「ふつうの系譜 「奇想」があるなら「ふつう」もあります 京の絵画と敦賀コレクション」展、略して「ふつう展」に関わるスタッフが、折々に皆さんにお伝えしたいことを発信するブログです。


家光の木兎図のこと②ー修復して生まれ変わりましたー

へそ展で、この家光の「木兎図」をご覧になった方は、お気づきかもしれませんが、この作品、実は、当初はかなり傷んでいたのです。

▲本紙には強い折れが入り、表具の軸部分には破れも。

 

 

傷みが進んでいるのには、訳があります。御住職によれば、第二次世界大戦で千駄木一帯が空襲に見舞われる中、当時の御住職は、寺の伝来品をできるだけ守ろうと、かさばる箱から掛軸を取り出して長持ちに詰め込み、避難させたのだそうです。

 

その時の御住職の孫にあたるのが、現在の御住職。蔵に眠っていた伝来品を、専門家の手を借りて整理しつつ、後世に伝えようと尽力しています。そして、この度、家光の「木兎図」が修復に出されることになったのです。

 

修復を任されたのは、伊豆に工房を構える「春鳳堂」。正倉院御物や東大寺宝物の修復も手掛ける老舗です。

▲「春鳳堂」初代の師岡恒夫さん。今回は特別に修復の現場を見せていただきました。

 

この日行われたのは、主に本紙の汚れを落とす「洗い」と新しくする裂地を選ぶ作業です。その様子を、写真とともに、ざっくり紹介させていただきます。

 

▲裏側に向けられた「木兎図」。

 

▲絵柄の描かれた部分を、古い表具裂から切り離していきます。真剣なまなざしでこの工程に取り組むのは、二代目の恒平さん。

 

 

▲今度は掛軸を表側に向けて、作業を続けます。恒平さんが手にしているのは、畳用の針。

 

▲丁寧に本紙を持ち上げる恒平さん。

 

 

▲絵柄のある部分から古い表具裂が外されました。

 

 

▲新しい表装のために、裂地を選んでいきます。

 

 

▲工房には、たくさんの裂地が。どれもいかにも高級そうです。

 

 

 

    

▲「格のある作品には、格のある裂をつけないと」と話す師岡さん。色々な組み合わせをご提案くださり、その中から養源寺の御住職が選びます。

 

 

▲裂地が決まったら、今度は「洗い」の工程です。きれいな水で本紙の汚れを落としていきます。

 

▲掛軸は何層かのレイヤー構造になっています。本紙の裏には、「総裏」「増裏」「肌裏」などのと裏打ち紙が施されているので、水に浸して、それらの裏打ち紙を剥がしていきます。

 

 

 

 

▲「折れ伏せ」と呼ばれる、小さく細長い紙を剥がしていきます。折れ伏せとは、本紙の折れや亀裂の部分に、折れの予防や補強のために裏面から貼る紙のこと。この写真では、白い横線のように見えるのが、折れ伏せです。この作品も、いつの時代かに、修復が行われていたのですね。

 

▲本紙に接する裏打ち紙「肌裏」を上げます。

 

 

▲本紙だけになった「木兎図」。洗いも終えて、見違えました!

 

この日、見せていただいたのはここまでです。古書画を洗うところなど目の当たりにしたのは初めてでしたが、水に浸けても、絵柄の墨は全く滲まないんです!(当たり前かもしれませんが、とにかくびっくり!)しかも、小麦を主原料とする古糊は紙時間の経過とともに、接着力が弱まるそうで、裏打ちの紙も簡単に剥がせる。だから、掛軸は何度でも生まれ変わることができるんですね。先人の知恵、本当にすごいです。

 

そして後日、完成した掛軸を見せていただき、養源寺に行ってきました!

 

表具が新しくなってどうなるのか、師岡さんが裂地を並べてくださっていた時は、きちんと想像できていなかったのですが、こうして仕上がりを見てみると、本当に素晴らしい。心なしか、木兎も喜んでいるように見えるから不思議です。

そして、洗いを終えた「木兎図」では、筆づかいもよりはっきりと見え、家光がいかに丁寧にこの絵を描いたかがよくわかります。私の感覚では、修復前の100倍くらいかわいくなりました。

生まれ変わった「木兎図」、ぜひ、展覧会場にてご覧ください。

(図録制作チーム、久保)

 

 

 

 

家光の木兎図のこと①ー初公開にまつわる色々ー

9月18日(土)にスタートする、「動物の絵 日本とヨーロッパ ふしぎ・かわいい・へそまがり」展、先日、その図録をようやく校了いたしました。

 

府中市美術館開館20周年記念というだけあって、今回の展覧会、本当に豪華です。日本とヨーロッパ各地から、計188点もの作品が集められます。

 

今日は数ある作品の中から、府中市美術館ととりわけゆかりの深い、この家光の「木兎図」のことを、お話ししたいと思います。

▲徳川家光「木兎図」(部分、養源寺蔵)。

 

大きな耳(羽角といいます)に、まん丸の目、もふもふの体。この「木兎図」は、2019年の「へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで」(以下、へそ展)の準備中に、府中市美術館の金子学芸員が確認して、初めて一般公開された作品なのです。

 

この作品を所蔵するのは、東京・千駄木にある養源寺。徳川家光の乳母として知られる春日局の子、稲葉正勝創建のお寺です。

▲東京・千駄木にある養源寺。

 

春日局ゆかりの寺に、家光の作品が伝わる、というのは誰もが納得のいくストーリーなのですが、2019年まで「木兎図」のことは、公には知られていなかったのです。それをどうして、へそ展に出品することになったのでしょうか? 実は、そこに一役買ってくださったのは、京都・麟祥院の御住職でした。

▲へそ展の準備中、作品撮影に訪れた京都・麟祥院にて。

 

へそ展出品の雲竜図襖の撮影に伺った際、へそ展に徳川家光の作品が出品されることを知った御住職は、「家光の面白い絵なら、東京の養源寺にあるよ」と、教えてくださったのです。

▲撮影した家光の作品を見せてくださる麟祥院の御住職。

 

麟祥院の御住職は、美術にも造詣が深いので、一度目にした作品はよく覚えていらっしゃるのでしょう。おもむろに携帯電話を取り出して、ご自身で撮影された作品の写真を見せてくださり、なんと、その場で養源寺の御住職にお電話までしてくださいました。麟祥院と養源寺は、同じ臨済宗妙心寺派の寺院なので、皆さんお互いによく知ってらっしゃるのです。

 

そして金子学芸員は後日、養源寺を訪ねて、実際の作品を見せていただき、へそ展で公開されることになったというわけです。麟祥院の撮影に同行していた図録制作チーム一同、展覧会の出品作が、こんな風に決まることもある、ということを目の当たりにする、という大変貴重な機会でした。何事も、人と人とのつながりが大事なんだなあ、としみじみ思いました。

 

そんなわけで、府中市美術館との特別な縁を感じてしまう「木兎図」ですが、今回、動物展への展示を前に、修復に出されるということで、その様子を取材させていただくことができました! 修復の様子は、次回の日記でお伝えしたいと思います!

(図録制作チーム、久保)

 

 

Copyright©2022 府中市美術館 All Rights Reserved.